top> 私と彼女と恋人と

 


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「異議あり!」

突然の大きな声に、あたりを歩いていた人々がぎょっとしてこちらを振り返った。
私は前を歩いていた青いスーツの男の首元を後ろから掴んで、黙らせようとした。

「みつるぎー」

男の首が、がくっと首が後ろ側に傾き、私はぎょっとして手をはなした。眉をしかめつつ、注意する。

「………いいから、真っ直ぐ歩きたまえ」
「うん」

返事はしたものの、一度立ち止まった彼は再び歩き出そうとはしなかった。
このまま置いていくわけにもいかない。私は仕方なく彼の片手をとって、歩き出した。

「みつるぎ…」

すると、彼はおとなしく私の後ろについてくる。
やれやれと安堵した時、すれ違った女性たちがこちらを見て笑っているのに気がついた。

───!!!!」

我に返った私は振り返り、渾身の力でその男を突き飛ばした。

「痛い!いきなり何するんだよ、御剣ぃ」

突き飛ばされた相手はおぼつかない足取りで数歩あとずさり、何とかバランスを保つ。
そして成歩堂龍一は赤い顔で私を睨みつけた。

「一人で歩けるだろう」
「いいじゃんか、手繋いでよ」
「人目がある」
「……恥ずかしい?御剣がぼくを騙した罰だよ」
「君を騙したつもりはない」
「それが恋人のぼくにする態度?」

声をひそめようともせずに、あっけらかんと成歩堂は言った。
……確かに、罠を仕掛けたのは私の方からだ。

「彼女ができたなんて、嘘つくからだよー」

そう言って笑い、成歩堂は私の腕に手を回してきた。
腕を引き抜こうとしても強い力で捕らえられ、逃げることもできない。
私はこの陽気な酔っ払いに軽いめまいを感じつつ、なぜこうなったのかと考えをめぐらせた。
それは数時間前のこと───


・.




「あ、こんにちはー!御剣検事!」

にぎやかな声に、私は振り返った。
裁判所にいれば、彼らと出会う機会も少なくはないだろう。
笑顔で手を振る綾里真宵くんと、髪をいつものように尖らせた成歩堂が廊下に並んで立っていた。

「偶然だな。一人か?」
「いや、糸鋸刑事と一緒だ」

係官と話し込む刑事を振り返り、そう答える。真宵くんがにこにこ笑いながら自慢げに
胸を張り、私に言った。

「なるほどくんねぇ、また無罪だったんだよ」
「そうか。相変わらずのようだな」
「そう、相変わらず崖っぷちだったんだけどね!」
「うるさいよ真宵ちゃん」

そこまで会話を交わしたとき、私は真宵くんの手に握られている紙包みに気がついた。
その視線に真宵くんは笑って説明してくれた。

「これ、無罪判決のお礼だって。手作りのケーキ!」
「成歩堂。君、事務所の家賃は…」
「いやいやいや!ちゃんと報酬金はいただくけど…これは依頼人の友達って子が」
「この前の依頼の時も、色々貰ったよね!クッキーでしょ、ネクタイでしょ…」

そう言って真宵くんは聞いてもいないのに、成歩堂にプレゼントされたものを指折りながら
順々に教えてくれた。私は眉をしかめて成歩堂を見る。
成歩堂はうん?と何も考えていない顔で首を傾げた。

「そんな贈り物ばかり…」
「くれるって言うからありがたくいただいてるだけだよ」

(……馬鹿か、この男は!)

別に賄賂だとか、そんな大層な意味があるとは思えない。が、ただの好意にしても…

(貰いすぎだろう!)

成歩堂が意外にも女性に受けがいいという事実は、今初めて知った。
彼とは古い付き合いになるが、ずっと友人だったわけではない。
彼が女性とどのような付き合いをしてきたのか…私に知る由もないだろう。

「ま、ぼくには特定の彼女もいないしね。断る理由もないだろ?」

へらへらと笑う成歩堂に、どうしようもなく腹が立った。
心の中で憤慨する私に全く気付くことなく、成歩堂は手首につけた時計を見る。
そして隣に立つ 真宵くんに声を掛けた。

「そろそろ事務所に戻らないと。行くよ、真宵ちゃん」
「あ!なるほどくん、もしかして依頼人のお姉さんに早く会いたいんだ!」
「ム?」

さらに眉をしかめた私の腕を掴み、真宵くんは成歩堂を指差して言う。

「御剣検事、聞いてよ!すっごく美人なんだよ、今から事務所に来る人!」
「もういいから、真宵ちゃん…御剣、またな」

げんなりとした表情を作り、成歩堂は賑やかに笑う真宵くんの肩を叩く。
そして私に短く声を掛け、歩き始めた。真宵くんも私に小さく会釈をした後、小走りで彼の後を追う。


───
どうしていつも、あの男の回りには女性がいるのだろう。


私は、妙な格好をした少女と並んで廊下を歩いている成歩堂の背中を見ながら考えた。
事件の調査の時はもちろん、法廷に立つときまで彼の隣には女性が立っている。
彼が以前師事していた綾里千尋弁護士も、美しいと検事局でも評判の女性だった。

(ムムム……)

係官と話をしていた糸鋸刑事が、話を終え私の横に戻ってきた。
厳しい顔をして無言で考え込む私を見て、困ったように首を傾げる


「御剣検事。今担当してる事件、そんなに難しいんッスか?」
「うム……」

ひげの生えている顔をまじまじと見つめる。するとその男はへらりと笑った。
私は笑い返す気力もないまま、その男を無表情で見つめ返した。

(私の周りにいる人間といえば、このような薄汚い男しかいないのに───

その時、私はあることを思いついた。
心配そうに私を見つめる糸鋸刑事を振り返り、 真顔でこう一言告げる。

「……彼女ができた」
「え……ええええええっ!!?」

大声を上げて目を見開く糸鋸刑事の様子を観察し、私はニヤリと口を歪める。
そして呆然と立ち尽くす彼を置き去りにして、一人歩き出した。
片手で携帯電話を探し、成歩堂の番号を呼び出す。

「………急だが、今夜会えないだろうか。話がある……」


・.


そして私は、彼に罠を仕掛けた。
先ほど糸鋸刑事に告げたのと同じ言葉を、成歩堂にも告げたのだ。
単純で、人を信じることを得意とする彼は簡単にそれに掛かった。
私の突然の告白に動揺して酒を煽る成歩堂の姿は、予想していた通りのものだった。
私は、獲物を捕らえることに成功したのだ。



・.


(簡単なことだったな)

私は持っていたペンを机に置き、表情を緩ませた。昨夜の、成歩堂の様子を思い出す。
私の張った罠にころりと引っ掛かる彼の姿がおかしくて、何度笑いそうになったか。
愛すべき恋人に次はいつ会えるだろうかと物思いに耽っていると、扉をノックする音が部屋に響いた。

「機嫌よさそうだね、御剣検事」
「君か」

振り返ると、扉に寄りかかり私を見つめる成歩堂がそこにいた。

「昨日はどうも!……言っとくけど、ぼくはあまり覚えてないから!」

少し怒ったような顔で成歩堂は部屋の中に入ってくる。
どうやら、詳細な記憶は流れてしまったらしい。が、自分が何か失態を犯した記憶は残っているようだ。
私は目を閉じ、額に手をあて数回首を振る。

「人前で手を繋ぎたがり、好きだの愛してるだの大声で叫んだことか?…それとも」
「わーわー!知らない!ぼくはそんなこと言ってない!」

顔を真っ赤にして成歩堂は声を大きくした。
その反応は予想通りだったのだが、私はわざと意外そうな表情をしてみせた。

「覚えてないのか……?」

そして、声のトーンを落とす。ぴたりと口を閉ざし、成歩堂はおそるおそる私の顔を窺う。
そこで私は視線を外し、悲しげに落とした。

「お…覚えてるよ!君に好きだって言ったことはちゃんと!」
「そうか。それならいい」

慌てて弁解する成歩堂に視線を元に戻し、私はニヤリと笑って見せた。
本当に、この男はわかりやすい。

「またわざとか!いい加減にしろよ!」

その笑顔に怒った成歩堂は、大声でわめきながら持っていた袋をこちらに投げつけてきた。
私は笑いながらそれを受け取り、中を見る。そこには私が常日頃、愛飲している紅茶の葉の缶が入っていた。

「流石だな、成歩堂。私の紅茶の好みを調べてあるとは…」
「ああ、それ?この部屋に入る前に、事務官の女の人にもらった。よかったらどうぞって」

(………また、女性か!)

上機嫌で紅茶を入れようと立ち上がったのだが、彼の思わぬ一言に、私は一気に不機嫌になってしまった。
成歩堂はそんな私に全く気がつかない様子で、手の中の紅茶の缶を覗き込んできた。
眉をしかめている私に気付くと、彼はにっこりと微笑んだ。

「じゃあ、これはぼくからね」
「!」

ふいに顔を近付け、軽く唇を触れさせてきた。
閉じていた目を開くと、悪戯っぽくまた笑う。


(全く……敵わないな、成歩堂には)

罠を仕掛けたつもりが、罠に嵌ってしまったのはどうやら私の方らしい。



紅茶の缶を机に置き、空いた手を彼の背中に回す。
成歩堂の頬に自分の頬を重ね、今度は私の方から丁寧なキスを彼の唇に与えた。

 



●   
・.

 

















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「ぼくと彼女と恋人と」の御剣バージョン。
なるほどくんバージョンと合わせてご覧ください。
お互いに「コイツには敵わない」って思ってる二人が好きです。
なるほどくんは意外にもててそうだなー

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