top> 失われた弁護士

 


______________________________________________________________________________

 

「大変だよ!御剣検事!」

裁判所の控え室で突然名前を呼ばれた。
顔を上げると、妙な格好をした少女が全速力でこちらに走ってきた。

「どうかしたのかね、真宵君」

肩を上下させ、息を整えている彼女にそう尋ねた。
彼女がこんなところに一人でいるはずがない。保護者兼、雇い主(?)である彼の姿が見えないのだ。

「成歩堂は…」
「あのね、なるほどくんが!」

ただならぬ予感を感じて、顔色が変わる。

「成歩堂がどうかしたのか!?」
「う、うん、あのね…」

迫力に圧倒されつつ、彼女が口を開きかけたとき。

「あの…真宵さん…?」

後方から聞きなれた声がした。
ものすごい勢いで振り向くと、そこには開きかけた扉から顔を半分覗かせている成歩堂がいた。

「無事だったのか!!」
「えっ…はぁ、まあ」

つかつかと近寄り、肩を掴む。そのまま抱きしめたい衝動を、かろうじて抑える。
見たところ怪我はないようだ。

「それがね……御剣検事」

真宵君がおずおずと、驚愕の事実を告げた。

「なるほどくん、記憶喪失になっちゃったの!!」

 

「えーと、ぼくは弁護士で…」
「私は検事だ」

頭をかきながら、成歩堂は自分のバッチをまじまじと見る。
真宵君から聞いた話によると、どうやら彼は証人でもあった真犯人に殴られ、記憶をなくしてしまったというのだ。
このあとの仕事の調整のため、彼女は一度成歩堂の事務所へと戻っていった。
そしてたまたま裁判所に来ていた私を見つけ、このあと特に裁判もなかった私は成歩堂のお守りを引き受けたのだ。
休憩室でコーヒーを飲みつつ、成歩堂に自分のことを教えてやる。

「すごいなぁ…弁護士かぁ」

感心するのはこっちの方である。記憶をなくしつつも、彼は先程の裁判で無罪を勝ち取ったというのだ。
自分が何者かもわからないのに、真実を導き出すとは…
過去に私とのことがなくても、いずれにせよ彼は弁護士になる道を歩んでいたのでかもしれない。

「御剣さん?…は検事なんですよね。じゃあぼくと裁判したことあります?」
「うむ、まあそれなりにな」

丁寧語で話しかけられさん付けで呼ばれ、少しなからず戸惑ってしまう。
記憶がない不安からなのか成歩堂はそわそわと落ち着かず、些細なことをいろいろ聞いてくる。
二人きりで過ごしているときに会話が途切れても、無理に言葉を続けようとしない成歩堂であったが…
私が世間話を苦手としていることも、当然忘れてしまっているのであろう。

「君には負け通しだったよ」

ふ、とため息をついて成歩堂を見た。彼は照れ笑いする。
自分と目が合うと、子供のようにニコッと笑った。

(!)

その顔に思わず目を奪われてしまった。

「さっき御剣さんと真宵さんが話しているとき、外にいた刑事さんが教えてくれたんです。
御剣さんは天才検事だって。もう、格好からしてすごいですよね。すごくかっこいいし」
「………!」

その時、雷に打たれたように体に衝撃が走った。
今、目に前にいる彼は、成歩堂であって、成歩堂でない。

「…………クックックック」

突然笑い出した私を見た成歩堂は、ぎょっとして目を見開く。
裁判のときによく見せる、鋭い眼光を忘れた彼はいつもより幼く、とても無防備だ。
その黒目がちな目をしばたく姿は、可愛いとしか言い様がない。

「み、つるぎさん……?」
「本当に忘れてしまったのだな」

成歩堂の視線が、彼の頬に触れた私の手を捕らえた。そしてくるくると泳ぎだす。
その慌てている様子がとても可愛くて、笑みがこぼれる。

「……君は大変なことを忘れている」
「ええっ?な、何をですか!?」
「実はな」

両肩を掴み、顔を成歩堂の耳元へと寄せる。身体をこわばらせた彼に、一言こう告げた。

「君と私は………恋人同士なんだ」

「えええええええええ!!」

椅子ごとあとずさる成歩堂を、立ち上がって追いかける。肘掛に手首を押し付け、自由を奪う。

「え?え?だ、だってぼく、男ですよ!?」
「それでも構わないと、君が言ったんだが」
「!?!?!?」

混乱で何も言えなくなっている、彼の額に軽くキスをした。

「!!!!!!」
「何も不安に思うことなどない」

成歩堂の顔が瞬時に青ざめる。動物的に危険を察知したのか。
顔面蒼白になっている成歩堂をなだめるために、次は唇に近づく。

「すべてを私にゆだねたまえ…」
「いっ……やだぁッッ!!!!」

勢いよく成歩堂が腕を振り回した。
彼の両腕に体重をかけていた私は、バランスを崩し、彼の胸へと勢いよく倒れこむ。
その衝撃に押され、椅子と成歩堂ともども床に倒れてしまった。

激しい音が部屋に響く。

「………い、ったぁ…!!!!」
「…………………………………」

痛みをこらえて、成歩堂を睨む。彼は後頭部を床に激しく打ちつけたようで、頭を抱えて転げまわっていた。

「なにすんだよ!御剣!!!」
「それはこっちの台詞……」

涙目の彼を見て、言葉に詰まる。 怒りを前面に押し出し、彼の目が黒く輝いている。
そう、まるでいつもの彼のように──

「記憶が………?」
「戻ったよ!今の衝撃のおかげで!!」

御剣の馬鹿、あほッ!と罵られながら、血の気がスーッっと引いていくような感覚に襲われる。
さっきまでの可愛らしい彼の姿は一体どこへ………
いや、今も十分可愛いのだが… でも、でも……

「御剣?」

呆然としている私を、成歩堂が覗き込んだ。見つめ返すと、心配そうに揺れる瞳が2つ。

(本当に可愛いな、成歩堂は……)

この目は駄目だ。どうしても苛めたくなってしまう。
あることを思いついた私は、大げさに身をよじり、眉間にしわを寄せ、彼にこう告げた。

「君は……誰だ?」

私の一言に成歩堂は声にならない悲鳴を上げ、頭を抱え込んでしまった。
彼に見えないところで、一人ニヤリと笑う。

(さぁ、楽しませてもらおうではないか、成歩堂)

──怨むのなら、自分自身を怨んでくれ。

 

●   
・.

 

















______________________________________________________________________________
きっと誰もが考えただろう、『2の1章にみったんがでてきたら』
記憶喪失なナルホド君…おいしいじゃないか!!
(みったんの馬鹿!何で失踪してたんだよ!)
イジワルみったんはナルホド君をからかうのが生きがいです。
________________________________________________________________________________________________________________________________________________________________________________________________________________________________
top> 失われた弁護士