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なぜここに来たのだろう。 それは自分に問いかけても、よくわからない行動だった。 : 今回の事件の現場、綾里事務所の前に立ち上を見上げる。 「御剣検事、どうされたんですか?」 刑事課の刑事の一人だ。糸鋸刑事についてよく走り回っているのを見たことがある。 「いや…ちょっとな。君は捜査か何か?」 彼の乗ってきた車を覗き込むと、バックシートにぐったりと横になる彼の姿があった。 「私が送っていこう。君はもう戻りたまえ」 ドアを開け、成歩堂の身体を引きずり出す。 「失礼します!」 鬼検事の突然の行動に、状況が飲み込めていない刑事はとりあえずそう言うと慌てて車に乗り込んだ。 ───どうしたというのだ、私は。
事務室のソファへ寝かせ、ネクタイを緩めてやる。 ここ、綾里法律事務所は現在、主がいない。 自分も椅子を見つけて腰を下ろす。このまま帰るわけにもいかないだろう。 (なるべく関わりたくないのだが) そう思いつつ、彼の世話を焼いて。自嘲の笑みがこぼれる。 ───成歩堂龍一。彼は十五年前に別れたきりの級友だ。
私は…初めて負けたのだ。この、素人同然の弁護士に。 それはとても屈辱的な出来事だった。 「…ん…」 微かに、成歩堂が声を発した。身体を横にしたため、額の上にあったタオルが肩に落ちた。 「…………」 暗闇は、苦手だ。 狭い空間も、地震も。 成歩堂の枕元で、しばらく立ち尽くしてしまった。腰を落とし、視線と彼に近づける。 (君は……君には……) 怖いものなど、ないのだろうか? 「……う……」 また、うなされるようにして成歩堂が身をよじる。 「…ん………」 その感触に気づいたのか、成歩堂の目がうっすらと開いた。顔を傾け、熱くなった手のひらで私の腕を握る。 「…………ちひろさ………」 かろうじて聞き取れる声で、彼が名前を呼んだ。 「…真宵ちゃんも……無罪に………」 たどたどしく言葉をつむぎ、真っ黒な瞳が私を見る。 「………………」 彼は何も言わなかった。私が誰なのか、悟ったのだろう。 そっと、なだめるように優しく。 唇を離すと、月の光の中で彼のまつ毛か微かに震えているのが見えた。 熱を持った彼の体温を、求めるように口付けを何度も落としながらふと思う。 ───自分は、まだこんな風に優しく人に触れることができたのか。 彼は寂しいのだろう。そして、私もまた同じなのであろう。 ……人の温もりなんて、とうに忘れた。 (君は、私をどうしたいんだ?) 彼に直接、問い掛けるつもりはないけれど。
久しぶりに抱き合った人の身体はとても熱く、どこか私を懐かしくさせた。
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お約束の展開ながらお気に入りのお話。 発熱→看病→夢うつつで勘違い。こんな感じで。 月も出てきたことだしね。ナイスロマンティック★ |
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