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「全く…情けないことだな、成歩堂」

お前もな、と返そうと視線を動かした時。
ふと目に付いたのは、御剣の手のひら。皮肉を喉元で抑える。
そのかわりにぼくはへらりと顔を緩めた。

「さすが御剣検事だね」

ぼくの返答が意外だったのか、御剣は細い目をわずかに瞠った。







じっとしていたことで、額からの出血は止まった。
殴られて無様に倒れた場所で一人御剣を待つのは何だか癪に障ったぼくは、重い身体を引きずって
なんとか一階にたどり着くことができた。扉が開き、日の光がエレベーターの中に差し込む。
ビルの前にはパトカーが数台止まっていた。その中に奴の背中を見つけ、視線をその場所にとめる。
その瞬間、安堵したのか一気に足の力が抜けてしまった。
足を引きずり箱の中から脱出し、身体を乱暴に床へと投げ出す。
自分の体重が骨にかかり痛みを感じたぼくは、顔を歪めた。ふと奴の背中が動き、視線がぼくのいる方向へと
たどり着いた。廊下に座り込んだままのぼくの姿を見つけ、露骨に眉をしかめた後。

御剣は約束通り、ぼくの元に戻ってきた。







「よく乗れたね」

目の前に立ち、腕を組んでぼくを見下ろす御剣と目が合った瞬間。思わず感心するように呟いてしまった。
その言葉に御剣はぴくりと眉を吊り上げる。
ぼくの後方にあるエレベーターの扉を一瞥し、そしてまた視線をぼくの顔に戻す。
固い表情のまま御剣は口を開いた。

「同じ失敗は二度と繰り返さない。……それに」

唇を閉じ、一旦言葉を切った後。

「私は法曹界に身を置く者として弁護士だった父親を誰よりも尊敬している。
しかし、 その父に関する記憶で真実を逃してしまっては父親に面目が立たないではないか」

ひとつひとつの言葉を静かにはっきりと。ぼくに伝えるように、そして自分に言い聞かせるように言う。
御剣は視線をぼくから離して、エレベーターの扉を見つめる。
扉を見た瞬間、その瞳に明らかな怯えの色が浮かんだのがわかった。
その痛々しい表情のまま御剣は最後まで言葉を繋いだ。

「乗り越えるつもりなどない。───が、ただ頑なにそれを避けて生きていくつもりもないということだ」


ぼくは何も返すことができなかった。
背筋を伸ばし、真っ直ぐに前を向く御剣の姿をただじっと見つめていた。
しばらくして御剣はふと視線をまたぼくに戻す。振り向いた御剣の顔は、いつも通りの完璧な検事のもの。
先程見せた怯えはもう全部消え失せていた。

「あの男は刑事に任せてきた。大丈夫か」
「うん。痛いよ」

血液で汚れた額を見て御剣は眉をしかめる。
ぼくはなるべく頭を動かさないようにして頷いた。先程に比べて治まったものの、痛いものは痛い。

「病院へと送っていこう。後のことは私に任せるがいい」

そう言って御剣は微笑む。凄みをきかせた綺麗な笑顔に、ぼくは苦笑した。
……あの男、無事に証言台に立つことができるのだろうか。
そしてぼくはまた小さく頷いて、御剣に一任することを承諾した。
弁護士のぼくが検察側に全て任せることができるのは他でもない、御剣が相手だからだ。

その瞳に正義の光を湛え、優雅に微笑む御剣の表情に迷いはない。
あの狭い箱の中に一人乗り込み、奴がどのような思いをしたのか───ぼくには想像もつかないけれど。
忘れようとしても忘れられない、もうどうすることもできない記憶はずっと御剣の心に残るのだろう。
錆びてしまった物のように、もう元のように綺麗には戻れないのだとしても。
それでも君は歩いていく。
たとえ逃げ出しても怯えても、恐怖に震えても、悲しすぎる痛みを抱えながらも。
自身に誇りを持ち真実を追い求めようと前を向く君を、ぼくは。


「なんだ」

見上げるぼくの視線に気がつき、御剣は微笑を消して眉を寄せる。
今度はぼくが唇を上げ、にっこりと微笑む。さらに眉をしかめた御剣を見つめつつ口を開く。


「いやいや。御剣はかっこいいなぁ、と思ってさ」
「どうした。……頭でもおかしくなったのか」
「せっかく惚れ直したところだったのに。可愛いって誉めたほうがよかった?」
「ふざけている場合か!」

今まで感情を抑えいた御剣が吠えるようにぼくを一喝した。
自分の唇を白くなるまで噛み、座ったままのぼくを睨みつける。小刻みに震える唇から
ほとんど声にならない呟きが漏れた。……心臓が止まるかと思った、というとても小さな呟きが。
ぼくは笑いを消して御剣を見つめ返した。 そしてゆっくりと呟く。

「うん……ごめん。ぼくは大丈夫だから」

ぼくを無言でじっと見下ろした後、御剣はいつもの嘲笑を取り戻した。

「私に謝られても困る。弁護士負傷で判決を遅らせるつもりか? ……全く、手がかかるな君は」
「そりゃ悪かったね。早く手、貸せよ」

憎まれ口を叩く御剣に、ぼくは笑いながら手を伸ばす。
それに答えようと御剣も自分の手をぼくに向けた。と、その時。
手のひらに赤く残る傷に自分でも気がついたのか、御剣はぴたりと手を止める。
ぼくはそれに構わず御剣の痛々しい手のひらを握り締めた。
そのまま力を込めて、自分の身体を起こす。ぼくの体重を無遠慮に掛けられ、御剣の身体も前方に屈んだ。

「な……」

不機嫌そうに眉を寄せ、抗議しかけた御剣の顔が目の前に迫る。それを確認してぼくは目を閉じた。



二人の背後で、エレベーターの扉が閉まる気配がした。

 

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御剣さんも男前だと思うよ、という意思表示のために書き始めたのに、
なんとなくヘタレ臭が漂う結果となりました。残念!
ミタンもなるほどくんも、仕事に燃える姿が一番カッコイイと思うのです。
(その仕事の部分を曖昧に書きすぎですけども)
あ。最後、人が見てるかもしれないのにイチャイチャしてらぁ…

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