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あと数センチだけ、手を伸ばして。
君のその指に──触れる?触れない?

 

そりゃあ、ものすごく会いたがっていたのもぼくのほうだけれども。
いざ十五年ぶりに再会して、すったもんだでひとつの事件が解決して。
ごたごたに巻き込まれて、でもふと気づけば奴を必要としている自分がいた。
…いったい、ぼくは彼に何が言いたかったんだろう?

「…………」
「…………」
「…………成歩堂」
「…………何?」
「何か言え」
「…………」
「だから黙るな」

眉間にしわを寄せて、御剣がぼくをにらむ。そう言われると余計に言葉が出てこない。
だいたいこいつと友達だったのはたった数ヶ月間、しかも小学生の時だ。
あの頃、何を話して何に笑いあっていたのか…
そんなものいちいち覚えていたとすれば、それは 奇跡といってもいいんじゃないか?
考えても考えても、浮かび上がってくるのは生意気な笑みを浮かべ偉そうに腕を組む御剣少年の姿だけだった。
何度も思い返していて、ふとある疑問を思いつく。

「御剣…おまえさぁ、昔なんであんな格好してたんだ?」
「ム…?」

首の前で指を動かし、蝶ネクタイを作ってみせる。御剣の眉間のしわがいっそう深くなった。
それを見て、自分の質問が失敗だったことに今更ながら気付く。

(や、やばい…)

不機嫌そうにため息をひとつついて、御剣は俯いた。そしてぽつりと呟いた。

「………コナン」
「は?」
「名探偵コナンの真似をしていたのだ…」

消え入りそうな声で御剣が言った。

「コナン…って、昔の漫画の…?」

御剣がこくりと頷くのと、ぼくが吹き出したのはほぼ同時だった。

「!!……笑うな!」
「ごめんごめん!…でも…」

あの頃、ぼくと矢張が夢中になって読んでいた漫画の話を、御剣はただくだらないと横を向いていた。
その御剣が、実はぼくたちよりもあの漫画が大好きだったなんて。

(ほんと、素直じゃない奴…)

涙を浮かべて笑い転げるぼくを、御剣はしばらく睨みつけた後、あきれた様に口を緩ませた。
その表情が、ふと目に付いて。

「……何だ?」
「えっ!いや、別に…」

食い入るように見つめてしまった視線を慌ててはずす。そして頭をかいて、笑う。
その様子を見た御剣は、苦笑しながらこう言った。

「おかしな男だな、君は」

しばらく二人で笑いあう。とりあえず今は、こいつの笑顔が見れるそれだけで。

間近で揺れる君のその髪に──触れる?触れない?
…ううん、触れない。

 

「予想通り成長したなー!!」

うんうん、と何度も頷きながら矢張は笑った。 手酌で日本酒を銚子に注ぎつつ、御剣がじっと矢張を見た。

「何が予想通りなのだ?」
「何がって御剣、お前だよ!」

ばちっとウィンクを男二人にかまし矢張は言う。ビールを一口飲み、つられてぼくも笑う。
眉をひそめている御剣とチューハイを一気に喉に流し込む矢張を見比べ、ぼくもうんと頷いた。

「小学4年の時以来なのに、君たち二人は全然変わってないよ」

ぼくの言葉に、二人が同時に顔を上げた。

「何言ってんだよ、ナルホド」
「貴様が一番変わってないではないか」
「う」

酒のつまみやら料理やらが所狭しと並ぶテーブルに両手をつき、ぼくは言葉を失った。
男三人だけで飲んでいるのにもかかわらず、頼んだ料理はあきらかに多い。
三人三様、頼むものも違うからだ。飲む酒も、料理も。
好むものに共通点のないぼくたちが、こうして15年ぶりの再会を果たしている……
何度考えても、不思議な星回りに自分で感嘆せざるを得ない。

「やべっ!今、何時!?」

一人で耽るぼくを無視して、矢張がいきなり慌てだした。御剣の指し示した時刻に、オーバーに驚き立ち上がる。

「俺、帰るわ!この後カノジョと約束してんだ!御剣、また今度ゆっくりな!」

財布からよれよれの千円札を2枚出してテーブルに置き、それじゃあ足りてないよ、とぼくが突っ込む前に
矢張は御剣の手を握り勝手に握手すると、上機嫌で店から出て行った。
呆気に取られたぼくは、開いた口も塞がずに御剣を見る。
眉間にしわを寄せしばらく黙っていた御剣だったが、突然口を緩めて笑い出した。

「み、御剣?」
「クックックック……相変わらずだな、奴も」

15年前…マイペースな矢張に振り回されていたことを思い出し、ぼくも笑う。

「本当だね」

ふと、目が合った。御剣は笑みを瞬時に引っ込め、真顔へと戻る。
どうしたの、と聞こうと思ったけどやめた。きっと、深い意味はないのだろうから。

ほのかに赤く染まる、君のその頬に──触れる?触れない?
…いや、触れない。

 

(何なんだろう……)

事務所のソファに身を沈め、一人考える。 御剣と二人でいると、なんかおかしい。
居心地がいいような、でもどこか緊張してしまうような。
明らかに矛盾する自分自身に、思わず頭を抱えた。
──裁判だったら、指を差して矛盾を突きつけることが出来るのに。
人の心ってやつは、そう簡単に判決が出るものじゃない。
軽いノックの音の後、扉が開く音がした。
物思いに耽っていたぼくは、慌てて立ち上がった。

「……急に来て、すまない」

そう言って、自身の肩を抱いて事務所の玄関に立っていたのは──
ぼくの悩みの種である、御剣怜侍その人であった。

「久し振り、だな」
「そうだね。この前、矢張と飲んだとき以来だな」

なぜかはやる心臓を押さえつつ、コーヒーを御剣の前に置いた。
短くすまない、と言って御剣はカップに手を伸ばした。

「急にどうしたの」

ぼくの問い掛けに、御剣は顔を上げた。正面から、目が合う。

「仕事の話?」

思わず目を逸らし、コーヒーをすする。
御剣の目はいつになく真剣で…まるで、判決を受ける直前の被告のようだった。

「君と再会して………」

たどたどしく言葉をつむぎだした彼を、ぼくは息を詰めて見つめる。

「あの事件を解決してくれたこと…本当に感謝している。正直、最初は君が憎かった。
汚れてしまった自分が責められているような気がしてな」

不器用な御剣が、言葉を選びながら慎重に心の内を語る。

「でも……でも、君は私を信じてくれた。ありがとう」

彼から貰う言葉をひとつひとつ噛みしめるように、ぼくは頷く。
一度言葉を切り、御剣はゆっくりと首を振った。そしてため息をつくように呟く。

「どうしてだろう……君に対するわだかまりは、もう残っていないはずだ。
けれども、君が気になって、仕方がない。憎いとか、そういうものではない。ただ、君が…」

再度、正面から合う目。 不安と、悩みと──あとは何だろう?
様々なものが、彼の瞳に浮かんでいる。

「いつも君が、思い出される」

何もない部屋に響く、息を呑む音。それはぼくのものだ。
彼から受け止めた言葉を最初から、丁寧に並べていく。その言葉の真意を探るために。
ある結論にたどり着いたあと、それを慌てて打ち消す。
しかしそれはぽろりと、ぼくの唇から落ちた。

「御剣………それは、恋じゃないか?」
「恋?」

ぼんやりとそう言ってしまったあと、思いっきり後悔する。
口を押さえ、赤くなる頬を隠そうとするがうまくいかない。 御剣は不審そうにぼくの様子を見守っていた。

「ご、ごめん!何言ってるんだろう…ぼく。…忘れてくれ!」
(同性相手に、恋も何もないだろう………!)

顔を伏せ、平常心を取り戻そうと努める。御剣の顔が見れない。
沈黙が針のようにぼくを刺す。きっと、彼は呆れているだろう。

「成歩堂」

数秒間の沈黙の後。 静かに、名前を呼ばれた。 戸惑いながら、顔を上げる。
そこには呆れてなんかいない、真剣な顔の御剣がいて。
少しためらった後、意を決したように眉を寄せて身を乗り出した。

彼はゆっくりと、手を伸ばす。

御剣の指が、ぼくに──触れた。

 

 

●   
・.

 

















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恋の始まりの話。恥ずかしいくらい純な二人です。
24歳にもかかわらず、初々初々してます。
指が触れ合うだけでドキドキ…これ以上触ったらパンクしちゃう!みたいなノリで。
成→ビール・御→日本酒・矢→チューハイ なイメージ。この三人って趣味が全く違いそう…
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