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唇が触れ合う寸前で目を逸らし顔を横に向けると、ムムムと不機嫌そうな声が聞こえてきた。
ぼくは顔を元の位置に戻し、間近に存在する顔面を見上げる。

「仕事中だってば」
「ム……すまなかった」

短く謝った御剣は屈めていた腰を元に戻し、デスクにつくぼくを無表情で見下ろしてきた。
無表情の中にも様々なバリエーションがあることを、ぼくは御剣と付き合うことによって初めて知った。
今の御剣の表情は明らかに何の感情も作り出していないのに、まるで証言台に立たされた時みたいに
悲壮な雰囲気が漂っていて。ただ、ぼくがキスを拒んだだけなのに。

「もうちょっとで終わるから……待っててくれるか?」
「うム」

頬を緩めてできるだけ柔らかい声でそう言うと、御剣は短く答えた。
その顔は無表情なままなのに、どこかホッとした風に見えて。
素直な反応に思わず吹き出しそうになったのを堪えて、ぼくはまたにっこりと笑ってみせた。
御剣は小さく頷くとデスクの前から離れる。
その離れていくタイを掴んで引き戻しキスしてやろうかと思ったけど、思うだけで止めておいた。
キスだけで終わらなかったら……困る。一度甘やかしたら調子に乗るに決まってる、あの男は。

(悪いな、御剣)

どこか淋しげな背中に向かって心の中で謝ると、ぼくはまた視線を落として仕事に没頭し始めた。





(うーん……)

眉間にしわを寄せて唸ってみても何も思いつかなかった。
思ったより事件はややこしいらしい。手に入れた証拠品と証言を前に手詰まりになってしまい、
ぼくはまたうーんと首を傾げた。まだ、調べが足りないのかもしれない。
ここに座って考え込んでも何も出てはこないだろう。

(……明日また、調べ直してみるか)

手にしていたペンをデスクに置き、時間を見ようとふと視線を部屋の中に泳がした時。
壁にかかる時計よりも先に、あるものが目に付いた。
ぼくと同じくらい……いや、もっともっと深く眉間にしわを寄せ、ソファに腰掛ける御剣の姿。
その重苦しい空気にぼくもまた眉を寄せる。
本を読みつつ、ぼくの仕事が終わるのを待っていてくれたと思っていたら。

(何をそんなに険しい顔をしているんだ……?)

きっと何か小難しい本を読んでいるに違いない。
御剣はいつも六法全書以外の法律関係の本や洋書など、見ているだけで頭が痛くなってくるような
本ばかり読んでいる。椅子に座ったままこっそりと視線だけ動かし、御剣の手の中の本のタイトルを伺う。
意外にも派手な色合いとそのぶ厚さにぼくは首を傾げる。目を細め、タイトルの文字を読む。
……そこに書いてあったタイトルは。

《 トノサマン大全集 》

「御剣……?」

あまりにも意外すぎるタイトルに、思わず呼び掛けてしまった。
ぼくの腑抜けた声に御剣はぱっと顔を上げる。

「終わったのか?」
「まだだけど……一段落ついたから。行こっか」

間抜けすぎるその本に突っ込む気力もなくてぼくは、腕を上げ伸びを一回した。
御剣は本を閉じて視線をぼくに向ける。そしてまだ深刻そうな顔でぼくを見つめていた。

「いいのか?長い時間、考え込んでいたようだが。行き詰っているのではないか?」
「うん。明日もう一回現場に行ってみるよ。何とかしてみせるよ、必ず」
「そうか」

自信なんて全然なかったけど、とりあえずぼくは笑ってみせた。
最近のぼくはハッタリを口にするだけで全部が大丈夫そうに思える癖がついてしまった。
そんなことを言ったら、ピンチのとき以外にふてぶてしく笑うのはよしなさい、と千尋さんに
怒られてしまいそうだけど。

「せいぜい頑張るがいい」

御剣はそのぼくの顔を見てやっと笑った。
ぼくとは違う相手を嘲るような腹の立つ笑い方だったけど、それがまた御剣の癖であることを
ぼくは知っている。唇を意地悪く歪ませたまま、御剣はまた口を開く。

「君はそういう笑い方が本当に似合うな。いつもそうしてるがいい」
「似合うってなんだよ。ぼくがいつもふてぶてしいってこと?」
「そうだ。自覚はあるようだな」
「ないよ!」

あっさりと肯定され、慌てて言い返す。
御剣はぼくの声に全く動じる様子はなく、ソファに腰掛けたまま足を組み優雅に微笑む。

「一種の才能だろう。君のその根拠のないハッタリは」

誉めているのか、貶しているのか……判断はいまいちつかなかったけど。
腑に落ちないながらもありがとう、と呟くと御剣は満足げに頷いた。
そして一度、目を伏せると。

「あまりにも深刻な顔しているから、私にもその様子がうつってしまったではないか」
「え」

口調と表情を緩ませて御剣はそう言った。
ぼくは目を丸くして御剣が手にしているトノサマン大全集と、御剣の顔を見比べる。
眉間のしわの原因はその本じゃなくて、ぼくがずっと悩んでいたから……?
それに気がついた瞬間。もう、我慢できなかった。
ぶーっと盛大に吹き出し、げらげらと笑い出したぼくに御剣はぎょっとして見つめる。
身体を揺らして笑い転げるぼくの様子に最初は困惑していた御剣だったけど、しばらくするうちに
だんだんと眉が釣り上がっていく。そして怒りを隠しもしないで御剣は声を張り上げた。

「なぜ笑うのだ!失礼ではないか!」
「だ、だって……」

呼吸困難に陥りそうになり、ぼくは何とか笑いを引っ込めようと努力する。
でも顔を上げると、真剣な表情で怒る御剣と目が合って。堪らずにまた吹き出してしまう。

「御剣……君ってさぁ…可愛いよね」

途切れ途切れのぼくの言葉に、御剣の顔はますます不機嫌になる。
ぼくは笑い過ぎて痛い腹を押さえながら御剣の元へ向かい、隣へと腰掛けた。
きつく睨まれてもぼくの笑いは止まらない。
御剣は不愉快そうに顔を歪め、低い声でぼくに問い掛けてきた。

「……馬鹿にしてるのか?」
「いやいやいや…ぼくはそんな御剣が好きだよ」
「ふざけるな!」

真剣に怒る御剣には申し訳ないけど、ぼくは一度爆発させた笑いをなかなかおさめることができなかった。
憮然とした表情で腕を組む御剣の横で笑うこと数分間。
やっと笑いの波が遠のいたのを感じたぼくは、目つきの鋭い恋人の顔を覗き込む。

「人が告白してるのに、そういう言い方はないんじゃないか?」
「私は……貴様のそういうところが嫌いだ」

どうやら笑いの余韻が唇の端に残っていたらしい。
ぼくのにやにや笑いを嘲笑と受け取った御剣は、凄む様な視線をぼくに返して首を振る。

───そうか。嫌われちゃったな」

ぼくはわざと声のトーンを落としてみせた。
その言葉に奴が振り返るより早く、身体を持ち上げて御剣の側を離れようとする。

「成歩堂!」

一歩踏み出すより先に手首を掴まれた。
そのまま強く引かれ、それと同時にバランスを崩した身体に腕が絡みついてきた。
ソファに再度身体を預ける格好となったぼくを抱きしめ、御剣はもう一度小さな声でぼくを呼んだ。
顔をずらしてお互いの目を合わせると、御剣は真剣な──そしてどこか不安げな瞳でぼくの目を
覗き込んでいた。予想してた通りの顔を見て、ぼくはまた笑ってしまった。

「御剣さ。ぼくのこと嫌いじゃなかったの?」

無意味な嘘なんてつかない方がいいよ?と言って笑うぼくに御剣は不安げな表情を一変させて
怒りの表情を作り出した。離れようとする身体を腕を伸ばして引き寄せ、鼻先に唇を寄せる。
お互いの顔が急激に近づいたことに、御剣の表情が一瞬強張った。

「ほら、キスしていいよ。仕事終わったから」

待ってたごほうび代わりにぼくからしてやろうか?とからかいつつ聞くと、思いっきり睨まれてしまった。
不機嫌な顔をしつつも御剣は、しっかりとぼくの身体を抱きしめて放さない。
そういうところが可愛いなぁ、と思うんだけれど。

───これ以上言うと怒るだろうから言わないけどさ)

「……では、目を閉じろ」

偉そうな命令に思わず苦笑が漏れた。そして、言われた通りに両目を閉じる。
頬に触れる優しい感覚は、御剣の指の。
スーツの肩に当たる体温は、御剣の手のひらの。
数秒後。
緩やかに結んだぼくの唇に御剣の唇が触れた。


ぼくは本当に一生懸命愛されてるね。
ぼくも君を、本当に一生懸命愛するからね。




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・.

 

















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ポルノグラフティの曲がミツナルっぽいということを教えていただいたので、
早速ミツナル変換してみました。ミタンがめちゃめちゃヘタレに!
不器用ながらも必死に愛してるミタンがラブいんだと思います、なるほどくんは。

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