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酔いにまかせてキスをした。
これだけなら、まぁよくある話。

でもその相手が十五年来の、しかも同性の友人だったら?

ばん、と派手な音を立て机を叩くと、その指を突きつけられた。

「弁護人の発言は憶測の域を出ていない!」
「!」

鬼気迫る異議に思わずひるんでしまった。

「弁護人の異議を却下します」

裁判長の言葉に向い側の男は憎たらしい笑みを浮かべ、悠然と腕を組む。
彼こそが自分の十五年来の親友であり、鬼検事と名高い御剣怜侍その人であった。

「では証人、証言を続けてもらおうか」

なに冷静に言ってんだよ、と心の中で悪態をつく。

いつだってこっちに不利な証拠ばっか見つけてきてさ。
人のこと馬鹿にして、異議唱えて(あいつにとってはこれが仕事なんだけど)。
お前なんかぼくにキスしたくせに…

「弁護人!」

大声で呼ばれて我に返る。気がつくと裁判長、証人と被告人、傍聴人、そして御剣が一斉にぼくに注目していた。
慌てて指を差し、声高々に発言する。

「い、今の証言は明らかに変です!」
「残念ながら私には変なところは見当たりませんが…」

思いっきり裁判長の心証を悪くしたぼくがこの後、DL6号事件以上に窮地に立たされたことは言うまでもない。
(うう……元はといえばあいつがあんなことしたから)

そう、あれは二週間前のこと…

 

午後十時 ひょうたん湖 屋台前

「死ぬんだぁぁぁ」
「ム、矢張…とりあえず落ち着け」

ひょうたん湖にこだまする叫びに、ぼくはちらりと視線を走らせる。

夜にもかかわらず、一向に声を落とそうとせず泣き叫ぶ男が一人。
険しい顔をして、そいつをなだめるフリルタイの男。
そして、寒さに震えつつコーヒーをカイロ代わりに両手で持つギザギザ頭の男。

一月、真冬の時期。ここひょうたん湖はしんと静まり返り、奇妙な三人組の姿しかない。

「ほっとけよ、御剣。それ、矢張の口癖だからさ」
「そうなのか?」
「もう何回も聞いたよ、ぼく」

やれやれ、とため息をつくとコーヒーを一口含む。

「御剣も座れよ。コーヒー飲めよ」
「すまない」

素直に返事をし、御剣はぼくの隣に腰をかけた。
夜ともなればかなり冷え込む。緑色のダッフルコートを胸の前で合わせ、御剣を見る。

「寒いな」
「うん。あけましておめでとう…」
「何だ唐突に」
「いや、言ってなかったと思って」

ふと思い返してみると、御剣に年始の挨拶をしたのはこれが初めてだった。
以前クラスメイトだった頃は、確か二学期の終業式で別れたのが最後だった。
冬休みが明けた三学期、彼は学校に来なかった。そしてそのまま転校していったのだから…

「明けましておめでとう」

御剣も思い出したのか、そう呟いた。 なぜだか嬉しくて顔が緩む。

「あ、矢張…」 「うるさいからしばらく寝かしておくことにしよう」

後ろを伺うと酒の効力だろうか、この寒さにもめげず矢張はベンチに横たわって眠りに落ちていた。

「まさか三人で酒の飲む日が来るとはね」
「まったくだ」

呼びかけても何も返ってこない絶望感。
二度と会えないような予感にぼくは逆らうため、無我夢中で法律を学び、そして今に至る。

「会いたかったよ」

法廷で会った後…異常なまでに犯罪を憎み、有罪を主張する君の姿に、正直最初は戸惑った。
でも、十五年前のあの日、君がぼくを救ってくれたあの瞬間から誓ったんだ。
――――ぼくは、君を信じるって。

「ほんとに会いたかったよ、御剣」
「…うむ」

照れているのか、目をそらして頷く姿が嬉しくて。

「ねえ、お前も会いたいって思ってた?ぼく、ほんとに寂しかったんだよ?」
「う、うむ。私もだ」
「ほんとに?ちゃんと言えよー」

体内に残る酒のせいにして、ぼくははしゃいで御剣をからかう。

「本当だ。あの学級裁判自体、特に記憶の残るものではなかったが、
泣いている君とありがとうと言われたことは、はっきり覚えている。
検事になって有罪判決を受ける時、いつも君の姿が思い出された。冤罪に泣く君の姿がな。
でも逆にあの後、君に言われた感謝の言葉があったからこそ私は今までやってこれたのかもしれない」

体を起こし、御剣はぼくを見た。真剣な瞳に、一瞬言葉を失う。

「御剣…」

彼の吐く息が白くなって、ぼくの頬に触れる。
指を伸ばし、唇を軽くなぞられた。

「なに……?」
「いや…」

問い掛けに指が離れた。と、同時に。

(あ)

やわらかい感触が軽く、唇に触れた。
瞬間、閉じてしまった目を開けると間近に御剣の顔。

(やばい)

カン、と甲高い音が夜の公園に響いた。持っていたコーヒーの缶が足元に落ちた音らしい。
まだ中身が少し残っていたはず。御剣の着ている高そうなスーツにかかっていないだろうか、と不安になる。
いや、そんなことより。
再び重なった唇はどこか冷たくて、思わず身をよじる。
彼は両手でぼくの顔を包み込む。それに答えるように、御剣の腕をきつく握る。
最初は触れ合うだけですぐ離れていた唇は、いつしか深くお互いを求め合って。

静寂の中、キスを貪りあう二人の影だけが浮かび上がっていた。

「弁護人!」
「ハイ!」

大声で呼ばれ、とっさに返事をしたのはいいが状況が飲み込めずにしばし呆然とする。

「尋問を終了していいですか?」

つられて目が丸くなっている裁判長に、あわてて首を振る。

「いえ、えーと、証人は先程こう発言しましたよね?被告人には動機があったと…」

自分で言って、ふと考える。
(そうだ、動機だ)
御剣があんなことした理由があるはず。この後、直接聞いてみようか。

――――あの時どうして、君はぼくにキスをしたんだ?

(んな恥ずかしいこと、聞けないよ!)

「な、成歩堂くん?」

思わず頭を抱え込んでしまったぼくを、裁判長が心配そうに窺う。
検事席で御剣は嬉しそうに微笑むと、こう告げる。

「今頃自分の無能さに気づいたか、弁護人」
(うるさい!誰のせいだと思ってんだよ!)

こっちから聞いてやろうじゃないか、あの夜のこと。 真実をお前から引き出してやる。
普通に聞くのは恥ずかしすぎるから。
酒でも飲ませて、油断させて。
――――どうやら今夜もアルコールに頼る羽目になりそうだ。
そのためにはまずこの審議で、無実を勝ち取らなくては。
両手で机を叩いて、指を突きつける。

「異議あり!」

 

●   
・.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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なんだかとっても、な話。タイトルもちょっと不謹慎かな。
恥ずかしいですね、この人たち。24にもなって。
最初の部分は小沢健二の『指さえも』らしくしてみました。あの歌、可愛くて大好き。
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