やった後に言うのは反則だろう。
と、思っても言わない。
御剣の唇から落ちたのは全く予想していなかった言葉だった。
キスを与えられると思っていたぼくは不意をつかれすぎて、あそうと間抜けに答えることしかできなかった。
でもそれで満足したのか、御剣はぼくから距離を置いた。
「何時の飛行機?」
ぼくは自分の二の腕をさすりながら上半身を起す。裸のままでいたおかげで軽く鳥肌がたっていた。汗をかいた分、それが引けば急激に体温は下がる。
さっきまであんなに熱かったのに、行為が終わり二人離れればすぐに冷えてしまう。
「聞いてどうする気だ。見送りなど必要ないぞ」
「別に……どうする気もないけど」
御剣は横たわったまま、溜息混じりに答えになっていない答えを返す。
膝を抱えた。自分から逃げてしまう温度を閉じ込めるように。
何でこんな時に言うんだろう。会って、食事して、寝て。言うタイミングはいつでもあったはずだ。何もこんな、お互いに裸の時に言わなくても。
御剣の表情を見たかったのに奴はこちらに背を向けていた。言いたいこと言って、やりたいことやって。それが済んだらぼくはもう用済みということなんだろうか。
「今日は帰るよ」
呟いて、返事を聞かないままベッドを降りる。
ひんやりとした床に足を落とした瞬間、その温度が足の裏から一気に這い上がってきてぼくは慌てて衣服を身に着け始めた。脱ぎ散らかしたお互いの服が重なるように落ちていて、それを拾う度に恥ずかしいような切ないような気持ちになる。
ネクタイは締めずにひも状のままポケットに突っ込む。部屋を出て行く寸前に、一度だけ振り返った。
御剣は背中を向けてままだった。もしかして寝てしまったのかもしれない。ぼくは声を掛けることなく御剣の部屋を後にした。
どんなに追い込まれていようと、とても小さな綻びから何度も逆転してきた。
奇跡を起す弁護士とも言われたこともある。
そんなぼくがどうしても逆転できない事実。
一週間後、御剣は日本を離れる。
・.
「なるほどくん!なるほどくんってば!」
ぱちんと目の前で音が弾けてぼくは瞬きをする。気付けば真宵ちゃんが目を吊り上げてぼくを見下ろしていた。ついていた頬杖を外して彼女を見返す。
「何だよ」
「何だよじゃないよ。朝からぼーっとしちゃって。どうしたの?」
幼い様子で頬を脹らませる彼女に今の気分を説明する気にもならなかった。別にと呟いてまた頬杖をついた。
事務所のデスクにつきつつも全く仕事をしない所長に助手はあきれ果てた様子で大きく溜息を吐く。
「最近なんかおかしいよ?なるほどくん」
今度は眉を寄せ困ったように首を捻る。
くるくると表情を変える彼女とは逆に、ぼくの表情は重いまま固まっていた。彼女といつも行う軽快な言葉での遣り取りすらめんどくさい。不機嫌を前面に出して会話に参加しないことをアピールしたつもりだ。
「昨日だって御剣検事のこと無視するし。なんで?」
仏頂面のまま聞き流そうとしたのに、出てきた名前に思わず反応してしまった。
昨日、裁判所で。
見かけた姿にぼくは声を掛けるどころかすぐに背中を向け、逃げるようにしてその場を去ったのだった。
最後に御剣と会ったのは先週の金曜日。ちょうど一週間前のことだ。
あの、御剣から研修に行くと告げられた夜。
それからは会ってない。いや、会おうとしていなかった。御剣は何回か電話をしてきたけど、ぼくがそれに答えることはなかった。真宵ちゃんが言ったように、偶然出会ってもあえて顔を合わさないようにしていた。
「ねぇ、なんで?」
真宵ちゃんがもう一度尋ねてきた。
なんで、ぼくが御剣を無視するのか。それは───
そこで突然ある音楽が流れ始め、ぼくの思考は一旦途切れる。
トノサマンのテーマソング。それは携帯電話の着信を知らせる音楽だった。
ぼくと真宵ちゃんは同時に携帯電話を取り出す。ファンである真宵ちゃんは自分の着信音だけじゃなく、なぜかぼくのまで一緒の曲に設定していた。
だからこうして二人一緒にいる時は、ややこしいことに二人そろって携帯電話を取り出す羽目になる。ぼくが変えればいいんだけど、めんどくさくてそのままだ。
取り出したぼくの携帯電話には全く変化がなかった。どうやら着信があったのは真宵ちゃんの携帯電話だったらしい。
「あ、こんにちは!」
真宵ちゃんは仕事中にもかかわらず、特に気にしない様子で目に見えない相手と会話を始めた。
「ええっ!今から?何時ですか?……五時?」
誰なんだろう、と思ったけれどさすがに会話に耳を澄ますのは憚られた。
とはいえテレビも消していたし他に流れる音もない。必然的にぼくの耳は彼女と電話を掛けてきた誰かの会話に傾けられてしまう。
「えっと、そうですねー何か名物ってあるんですか?おまんじゅうとか。……うん、それでいいです!はい、はい。了解です!……はい。じゃあ。また帰ってきたら連絡してくださいね」
相手は旅行でも行くのだろうか?
随分楽しそうに笑う真宵ちゃんの様子をちらりと伺う。
電話で伝わるのは声だけで表情までは伝わらないのに、彼女は満面の笑みで何度も頷く。相手と相当仲がいいのだろう。彼女の交友関係は狭いようで広い。調査の時に知り合った人とメール交換をしている話をよく聞く。
無意識に会話の相手を探ろうとしている自分に気がついた。気を逸らすために、デスクの隅に置いてある冷め掛けたコーヒーをゆっくりと啜る。
「気をつけて行ってきてくださいね。じゃあ、また。……御剣検事も、お元気で!」
最後に付け加えられた名前に目を大きく見開く。
その拍子にコーヒーが気管に流れ込み、思い切りむせてしまった。
げほげほと咳を繰り返すぼくを振り返り、真宵ちゃんが驚いて駆け寄ってきた。手の平で背中を撫でてくれる。
「なるほどくん、大丈夫?」
心配そうな顔で覗き込む真宵ちゃんを涙目で見返す。苦しいけど、今はそれよりも。
「ま、真宵ちゃん、今の電話って……」
「え?電話?御剣検事だよ」
何てことないといった感じで真宵ちゃんは答えた。実際彼女には何てことのない電話なのだろう。そしてその電話の相手も。でもぼくには大問題だった。
「御剣……何て?」
喉を手の平で押さえつつ、なるべく普通の表情で尋ねた。真宵ちゃんはぼくの表情よりむせていたことの方が心配らしい。背中をさする手に力がこもる。
「海外に研修に行くからお土産何がいいかって。御剣検事も忙しいね、帰ってきたと思ったらすぐにまた行っちゃうんだもん。寂しいな」
自分が思ってても絶対言えない言葉を真宵ちゃんはさらりと口にした。うらやましく思いつつ、ありがとうとお礼を言って彼女の手を止めさせた。
その時、再び派手な音楽が事務所に鳴り響いた。思わず二人、顔を見合わせる。それぞれ携帯電話を確認すると今度はぼくの携帯電話が鳴っていた。ディスプレイに表示される名前をちらりと見た後、取らずにデスクの隅に置く。音は相変わらず鳴り響いたままだ。
真宵ちゃんは目を丸くして、けたたましく鳴り続けるぼくの携帯電話を持ち上げた。着信の相手を見てそれをぼくの鼻先に突きつけてくる。
「出なよ、なるほどくん!御剣検事だよ?」
「いい。出ない」
ふいと視線を反対方向に向ける。そうこうしているうちに携帯電話は沈黙してしまった。相手が電話を切ったのだろう。
真宵ちゃんはああーと大げさに言うともう一度携帯電話をぼくに突きつけてきた。
「なるほどくん、いいの?そろそろ行かないと間に合わないよ?」
「え、何が?」
「何って、御剣検事の見送りに行くんでしょ?」
携帯電話ごと真宵ちゃんの手を顔の前から退けさせた。丸々とした黒い瞳でこちらを見つめている真宵ちゃんを一度、見返した後。溜息混じりに呟く。
「行かないよそんなの」
「ええっなんで?」
親友であるぼくが海外に行く御剣の見送りに行かないなんて、不思議に思うのも当然だろう。でもぼくはこの当然の疑問を、当然のように尋ねてくる彼女を煩わしいと感じてしまった。何よりこの話題が煩わしい。早く会話を終了させたいと思った。
そんな願いを込めつつ、遣り取りを終わらせるつもりで言い捨てた。
「……大体、なんでぼくが行かなきゃいけないんだよ」
しまった、拗ねてるような口調になってしまった。慌てて表情を仏頂面に固めたけれど真宵ちゃんには読み取られてしまったようだった。
「ふてくされて、子供みたい」
「うるさいな」
何故か自分もふてくされている様な表情で真宵ちゃんはぼくを睨む。
言い返した言葉はもうすでに誤魔化しようもなく拗ねていて、ぼくは不機嫌を隠すことなく黙り込んだ。
真宵ちゃんにはわからない。
御剣が告げる別離の言葉が、ぼくにとっては死刑宣告のように重たく響くことを。
久々に会ってお互いの唇にキスし合って、肌と肌を直接触れ合わせて頭がどろどろに溶けるまで相手を求めて。身体の隅々に、そして内側に。たくさん愛情を受けたその後に、一気にどん底へと落とされる気持ちを。
誰も、わかるわけがない。真宵ちゃんも───御剣も。
「あいつも味わったらいいんだよ。置いてかれる気持ち」
「なるほどくん?」
「なんでもない」
もういいだろ、と口の中でだけ呟いてそっぽを向く。
御剣を無視するのには理由がある。それは言わば嫌がらせみたいなものだ。
海外研修は今に始まったことじゃないし、何度も御剣は日本と外国を行き来している。仕事だからそれを止めさせようなんてことは思わないけど、ぼくが怒っているのは御剣がそれを告げるタイミングだ。
御剣はいつも、やった後に告げる。海外赴任が決まった。しばらく君に会えない、と。
毎回毎回幸せと不幸を一度に経験することに、ぼくはいい加減疲れてしまったのだ。
御剣はぼくがどう思おうと関係ない。きっとまた涼しい顔で帰ってきて、ぼくを抱いて、別れを告げて、また去っていく。御剣にとってはいつものことで特に淋しいとか感じないのだろう。あいつは、都合のいい時に都合よく現れるだけなのだから。
あの夜の、振り向かない背中を思い出して腹が立ってきた。
自分勝手に振舞う相手を少しだけ懲らしめてやりたい。
子供じみた嫌がらせだ。
しばらく黙ってぼくを見つめていた真宵ちゃんが、もう一度尋ねてきた。
「なるほどくん、いいの?もし、このまま会えなくなったらどうするの?」
「物騒なこと言うなよ。御剣が死ぬわけないじゃないか」
思わず笑ってしまった。大げさじゃないか、これが最後じゃないんだから。
でも真宵ちゃんは笑わない。
「あたし、お姉ちゃんがここであんなことになってるなんて思いもしなかった」
どきりとした。思わず顔が中途半端な笑顔で固まる。
そんなのぼくだって同じだ。いつもと同じ扉を開けたその先に、あんな光景が広がっているなんて。想像がつくわけがない。
いってらっしゃい、と外出する時に声を掛けてくれた千尋さん。それが最後の会話になるなんて。
その時、置いてあった携帯電話がまた華麗な音を吐き出し始めた。ぼくの携帯が音を鳴らしているのは明らかだったから、真宵ちゃんの視線はすぐにぼくへとぶつけられた。
でもぼくは手を伸ばそうともしなかった。着信の相手は大体想像がつく。多分あいつだ。さっき電話に出なかったから。
放置されながらも鳴り続ける携帯電話とぼくとを見比べた真宵ちゃんの顔が、見る見るうちに変化していく。悲しげな表情から怒りの表情へと。
「……なるほどくんのバカ」
ぽつりと呟き、身体を反転させる。ひらりと短い装束が彼女の動きを受けて揺れた。扉へと向かう背中に慌てて声を掛けた。
「どこ行くんだよ」
「気分悪いから今日は帰る!お疲れさま!」
答えのすぐ後にバタンと激しい音を立てて扉が閉じられた。追いかけようとしたけれど時計を見ればもう四時半だった。お客さんも来ないだろうし、一人でも大丈夫だろう。
なんなんだよ、と呟いてテレビをつけた。ニュースキャスターが次々と告げていく事件を、特に興味もないのに聞き入った。リモコンで音を通常よりも大きくする。
そうでもしないと電話に出てしまいそうだったからだ。
携帯電話は音を奏でつつ必死にぼくを呼び続けていたけれど、やがてそれは途切れた。
・.
三十分くらい経った頃だろうか。
トノサマンのテーマソングが鳴り響き、ぼくは置いてあった携帯電話を手に取る。
ちゃんと着信の相手を確認してから通話ボタンを押す。
「真宵ちゃん?どうしたの。忘れ物?」
『なるほどくん、御剣検事が!』
一人で怒って出て行って、電話を掛けてきたと思ったらまたその話か。
げんなりしたぼくはものすごくやる気のない声で何だよ、と聞いた。でも真宵ちゃんはそれを気にせずに、何故だかとても焦りながら話す。
『御剣検事、…、飛行機……』
彼女が外から掛けていることと、テレビの音が大きいせいでうるさくてよく聞こえない。リモコンでテレビの音を小さくしようとした時に、放送されていた番組を割って突然ニュースが始まった。何だろうと眉を寄せ画面を見た後。目を見開いた。
それは飛行機が離陸を失敗し、炎上したという臨時ニュースだった。
日本人が数名乗っていたという。行き先の国を見て更に目を見開く。
恐ろしい偶然に頭が混乱していった。御剣が行くと言っていた、国。御剣がいつも使用している、航空会社。海外研修に行く、御剣。
───今から?何時ですか?……五時?
真宵ちゃんの言葉が頭に甦る。
咄嗟に通話を切った。もしかして連絡が入るかもしれない。誰かが教えてくれるかもしれない。
御剣が死んだ、と。
「いやだ」
打ち消すように呟く。嫌だ、そんなのは。指先が冷たくなっていくのを感じる。
確かめないと。このまま何もせず待っているなんて無理だ。確かめないと。御剣の安否を。
「……いやだ」
もう一度呟いた。御剣の安否、生存。その言葉だけで心が凍りつく。怖くなった。
こういう時どうしたらいいんだろう?頭が真っ白で何も考えられない。確かめたいのに、何も行動できない。
御剣が、消える?
それは一体どういうことなんだろう。
御剣の顔がいくつも思い出された。向かい側の席で自信過剰に微笑む顔。鋭い目でこちらを睨む顔。深い赤色のスーツ。色の薄い髪と肌。自分に触れる唇の柔らかさ。
ぼくを抱き締め、最後の最後に苦しそうに呟く声。
祈るような思いで携帯電話を握り締める。ディスプレイに呼び出した名前に胸が詰まる。呼び出し掛けてみるも、やはり相手には繋がらなかった。
「いやだ。……いやだ」
発した声が震える。ぼくはどうしていいのかわからなくなり、携帯電話を両手で包み込んで額に押し付けた。
頼む、もう一度鳴ってくれ。そう願いながら。
あの時だって、あの時だって。御剣はいた。でもぼくはそれを無視した。
つまらない仕返しのせいで。
───もし、このまま会えなくなったらどうするの?
泣きそうになった。
どうしよう。
その時、事務所の扉の方から音が響いた。顔を上げたぼくの目に映ったのはある人影。
見慣れた深く赤いスーツの色に向かって、ぼくは座っていた椅子を蹴倒して全力で走っていた。
・.
「見送りはいらないと言ったはずだが」
「そんなんじゃないよ。一人で行かせて、勝手に死なれたら困るからな」
ぼくと、御剣と、御剣の引く大きなトランク。
三つ並びながら広い空港を横切っていく。御剣が出国するゲートに向かって。
空のように広いガラス窓の向こうには本物の空が横たわっている。それはもう闇に近く、滑走路を示す色の灯りが点々と見えた。御剣の乗る便が最終便だ。
言い返したぼくを御剣は嘲るような顔で笑った。
「それもそうだな。勘違いであんな風に泣かれては鬱陶しいことこの上ない」
「うるさいな。泣いてないって」
少し前の自分を思い出すだけで恥ずかしくて死にたくなる。
ちょうど入った事故のニュースと真宵ちゃんの電話。ただそれだけでぼくは御剣が事故にあったと勘違いし、一人で思い詰めて、偶然にも事務所を訪ねてきた御剣に縋りついた。
何かもう半泣きになりながら色々と口走った気もするけど、動揺しすぎてよく覚えていない。
「真宵ちゃんが悪いんだよ。……あんな電話してくるから」
「しかし、私が電話しても出なかっただろう」
もっとも過ぎて言葉もない。
事の顛末はこうだった。
帰宅する真宵ちゃんと、事務所に向かう御剣が偶然道で出会った。今から訪ねるという御剣のことを真宵ちゃんがわざわざぼくに知らせてくれたのだ。
「以前、私が黙って研修に行った時。君がかなり荒れたこともあり、彼女も気を遣っているらしいぞ」
思い出したくもない、御剣が自殺をほのめかすメモを残して消えたせいで周囲の人間にみっともなく当り散らした過去まで引っ張り出されて、ぼくはもう沈黙するしかなかった。
「飛行機を遅らせたおかげでいいものが見れたな」
にやりと意地の悪い顔で御剣は笑う。この先このネタで何度もからかわれるだろう。考えただけで頭が痛くなってきた。
「……もう、さっさと行けよ」
「随分な見送りだな。せっかく君の事務所まで挨拶に行ったというのに」
肩を竦めた御剣は嫌味ったらしい口調で言い微笑んだ。
やり残した仕事のせいで飛行機の時間を遅らせたと、御剣は涼しい顔で言った。そのついでに事務所に寄ったのだと。
でも、ぼくはそれが嘘だということを知っている。小さな勾玉をポケットの中で握り締めた。その小さな物のおかげでぼくは、御剣の胸の前にぶら下がる赤い錠前を見ることができたのだ。
御剣に対する怒りはもうすでに消えていた。その錠が全ての疑問を解いたからだ。
やった後に別れを告げるのは、御剣もそれを先延ばしにしたいから。
背中を向けてままこちらを見ないのは、御剣も淋しいから。
涼しい顔をしていても、御剣はぼくと同じで───
「お前が死ぬ時、側にいてツッコミをしてやるよ」
突然の宣言に御剣は不意をつかれたのか口を噤む。
「人生最後の言葉に異議を唱えてやる。ひっくり返して、白目向かせてやる。だから……」
だから。勝手に死ぬなよ。ぼくの側に帰ってこいよ。
震える唇を無理矢理捻じ曲げて笑った。やっぱりぼくは、君との別離に弱い。
「……恐ろしく気の遠くなる話だな」
御剣は笑った。その目も少し潤んでいる気がしたけれど、気のせいだったのかもしれない。
くるりと御剣は身体を反転させ、ゲートへと足を向けた。その後を大きなトランクがついていく。一度足を向けたら迷いも躊躇いもない。そんな風に歩く御剣を、ぼくはその場に立ち止まったまま見守る。
「御剣!」
遠ざかる背中に大声で呼びかけた。ぴたりと歩みが止まった後、ゆっくりと振り返る。
ぼくはそこで、答えのわかっている質問を御剣にぶつける。
「ぼくが側にいないと淋しい?」
御剣は目を細めてぼくを見返した。歪む唇。
「せいせいする」
その瞬間、赤い錠が表れて彼の身を覆った。二人の間に距離はあってもそれは確認することができた。
予想通りの答えと目の前で起こった現象にぼくは笑った。もう涙は出てこなかった。
ポケットの中で握り締めていた勾玉から手を離し、真上に持ち上げる。
そして、言った。
「いってらっしゃい」
400hit・狼一さまのリクエストで、
すれ違い風味、最後はラブラブなミツナルです。
って、これすれ違いって言えるんでしょうか…
なるほどくんが一方的に盛り上がってすれ違ってますね!
うん、すれ違ってるすれ違ってる!ヨシとしとく!ヨシ!
素敵リクエストをありがとうございました〜