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 御剣はいつものごとくソファに腰を掛けると、ぼくの手元を見てなぜだか泣きそうな顔をした。
「何だそれは……」
 法律事務所とはなんら関係のないそれに溜息のような突っ込みが入った。ああそうか、泣きそうじゃなくて呆れているんだな、と納得したぼくは少し手を止めて真顔で言い返す。
「生クリームだよ。見てわからないのか?」
「わからないのは君の方だ。何故そんなものがここに?」
 そもそもぼくがこんなことをする羽目になったのは、そう言う御剣の行動のおかげなんだけど。
 言うのは簡単だけど、彼の優秀すぎるロジックでもそんなことを言われてもたぶん余計と混乱するだけだろう。ぼくは、頭痛を抑えているような顔をしている親友に向かって一から順に説明を開始した。
「ケーキを作りたかったんだってさ。真宵ちゃんと春美ちゃんは。君に。で、生クリームを泡立ててたんだよ」
「ケーキ?」
 全てを悟ってますと言わんばかり澄ました顔で優位に立ち、こちらを何かにつけて見下す習性のある狩魔の人間を、ここまできょとんとさせるのはきっと真宵ちゃんくらいなもんだろうなとのん気なぼくは思った。
「君がいつも差し入れしてくれるだろ。そのお返しなんだって」
「それならば別の物でもいいと思うのだが……それに、何故ここで作ろうとするのだ?家に帰ってからやればいいだろう」
「ああ、それはね。ここで作れば材料費が浮くってことみたいだよ……」
 思わず説明するぼくの方も脱力してしまう。
 そうなのだ、真宵ちゃんたちとは仕事以上の付き合いもあるし、彼女たちは未成年だから、成人しているぼくが身内のいない彼女たちの保護者のような立場となる。主な生活費は里の方からもらっているみたいだけど、正直あまり裕福ではないらしい。だからと言ってぼくを頼ってもらっても困るけど。
「君だって同じようなことしたことあるだろ?矢張まで連れ込んで、あんなもの作って」
 あんなもの、という言葉に御剣は面白いくらいに反応した。
「ム。急に呼び出されたのだ……あの時は」
「その割にはエプロンとかつけて楽しそうだったけどな」
「ムゥ……」
 法廷に立っている時のように尋問していくと、最後には反論さえ消えてしまった。御剣の中でもあれは触れてほしくない過去のひとつなのかもしれない。そういうぼくも自分から話題に出したくせに、あの時の思い出が強烈すぎてげんなりしてしまう。いくらお祭り騒ぎのバレンタインとはいえチョコレートで人の像を作るなんて、悪趣味にもほどがある。
「その、真宵くんたちはどうしたのだ?」
 ひとつ咳払いをして御剣は話を元に戻した。話の主役となっている彼女たちの姿は、この事務所に全く見当たらなかった。
「ケーキを焼くオーブンがここにはないって……これだけぼくに押し付けて帰ったんだよ」
「ああ……」
 御剣の声に明らかな同情が混じる。
 一通り状況説明が終わったところで、ぼくはボウルの中の生クリームを人差し指で掬った。白くなった指を隣に座る御剣の口元に持っていくと、御剣は驚いたようにぼくの顔を見た。とろりとした感触のクリームは、まだ泡立てが足りないのかすぐに下に落ちそうになる。目で急かすと御剣は少し戸惑いながら、ぼくの指ごとそれを食べた。
「甘いな」
「あまり好きじゃない?」
 顎を引いて指から口を離した御剣の眉間にシワが寄っていた。思わずそう聞いてしまった。
「じゃあなんでいつもケーキ買ってくるんだよ」
 驚いたのは御剣も同じようで、すぐ近くにあるぼくの顔をまじまじと見返してきた。しばらくして、まるで諦めたかのようにふっと唇を歪める。
「君は、馬鹿だな」
「何だよ急に。失礼なヤツだな」
 呆れているようにも嘲笑しているようにも見えるそれに憤慨して言い返した。そんなぼくを無視して、今後は御剣がボウルに手を伸ばす。
「何もわかっていない」
 そう言って御剣はクリームに触れる。指先にほんの少しだけ乗せたクリームをこちらに差し出し、ぼくがそれを受け取る前に。乾いた唇に突然それを塗られた。
 驚いてぼくが固まるのを見て少し笑い、そのまま唇を奪われた。甘ったるい味と御剣の味が混じり合って口内に広がる。
「こうすれば、甘いのも気にならない」
「ああそうですか」
 唇を離した御剣が笑う。それに白いのがついているのを見て、どきりとした。たぶん自分にも同じものがついているのだろう。
 次に、耳を食まれた。
「いただいても、いいだろうか」
「何をだよ」
 耳元で動き回る舌がうるさすぎて声がちゃんと届いてこない。複雑な耳の形を舌が辿り、穴に侵入しようと刺激してくる。がさがさと無遠慮に周辺を弄られて、くすぐったさに身体が揺れた。
「お返しを、だ。最後まで言わせる気か?」
 ようやく舌が離れた。その隙に間近に迫ってきていた相手の顔を睨み付ける。
「ケーキのお礼なら真宵ちゃんたちが用意してくれるよ」
「君からのお礼も欲しいのだが、私は」
 すっとぼけてみてもかわし切れない。まあ、この状況で逃げ切れるとは思ってはいないけれど。そもそも最初に相手を挑発したのは自分なのだ。
「妙に積極的だな」
 ソファに身体を寝かしながら覆いかぶさってくる影を見上げる。事務所はもう閉めたし鍵も掛けた。そんな手立てを頭では考えながら。
 広いとはいえないソファに無理に二人分の身体を横たえ、御剣はゆったりと微笑む。
「いつも、君に振り回されてばかりでは面白くない」
 振り回した覚えはないけど、と言い返そうとしたのに口付けで遮られてしまった。もう生クリームはついていないはずなのに、どこか甘い口付けに感じた。
「んっ、ふ、ぅっ」
 微量の息を漏らしつつもお互いの舌を舌でこね回す。二人分の唾液が混じって唇を濡らしていった。聞こえる音は御剣の息遣いだけで、目を閉じると今いる場所すら忘れてしまう。
 長く濃いキスによって脱力した身体を動かす気もならなくて、先に身体を起こした御剣を視線だけで追った。長い指がネクタイを解き、シャツのボタンを外していく。ベルトを緩めている時すら、抵抗する力は出てこなかった。
 次に御剣の取った行動に、ぼくはようやく声を上げた。
「…なに、やって!」
 御剣はぼくを一瞥すると、衣服の肌蹴られた場所に生クリームを落としていったのだ。ボウルに指を入れ、ぱたぱたと零していく。息の上がった身体はその小さな刺激にすら反応してしまう。
「なに、するんだよ……」
「せっかく真宵くんたちが用意してくれたのだからな。食べずにいるのはもったいない」
 そんな屁理屈を言いながら御剣は生クリームのついた皮膚を舐め上げる。いつもよりもぬるぬると滑りよく御剣の舌が動くのを、ぼくは声を出来るだけ堪えて見守っていた。
 でも、耐えるだけでは抑えることなんて到底無理だった。子猫のように乳首を吸われ、堪えていたはずの力が抜ける。
「うっ、ひゃあ!」
「もう少し色気のある声は出せないのか」
 上がった声に御剣が眉をしかめた。そんなこと言われたってくすぐったいものはくすぐったい。ただ舐められるだけならともかく、肌と舌の間に甘いクリームの存在を挟むだけでどことなくむず痒いような違和感が生まれるのだ。
 そこで、ぼくにあるひとつの考えが浮かんだ。実行するのにはちょっと、いやかなり覚悟のいる行動だけど、目の前のこの男を翻弄するためなら今のぼくは何だってするだろう。
 横たえていた身体を起こし、御剣をソファの隅にまで追いやって。行動が読めずになされるがままになっている御剣の下半身とぼくの上半身が重なるよう、背中を丸めてソファの上に乗る。
「なんかくすぐったいんだよ、生クリームって。知らなかったけど」
「ム。そうなのか。私も経験がないから知らないが」
 じゃあ今から経験させてやるよ。
 それは心の中だけで呟き、ぼくは手を動かす。御剣のベルトを緩め、赤い色のズボンを下げ、下着も下げる。そして、現れた黒い茂みと緩やかに立ち上がっていたペニスを覆うようにして生クリームのかたまりを降らせた。
「な、何を……!」
 動揺した御剣の声は無視する。たぶんものすごく面白い顔をしているだろう予測はついたけれど、ぼくがそれを見ることは叶わなかった。
 鼻を近づけると甘ったるいにおいがした。御剣の持つ雄の匂いが消されていて、ぼくは普段よりも躊躇することなくそれを触ることができた。伸ばした、自分の舌によって。
「……っ」
 頭上から吐息が落ちてきた。それに満足して先端を全て含んだ。クリームのせいで性器を舐めている気がしない。不思議な感覚だった。
 口の中で唾液とクリームを混ぜ合わせる。甘ったるい味を感じながら、唇を窄め、舌全体を使って竿を舐める。最後に啜るようにして亀頭まで吸い上げた。
 御剣の表情は相変わらず見えないけれど、確実に硬くなっていく性器と上がっていく呼吸、それにぼく後頭部を撫でる手に時折力がこもることで、彼の興奮状態を読み取ることができた。
 塗したクリームがあっという間になくなり、どうしようかと少しだけ頭の片隅で考えた。まるでそのタイミングを計ったかのようにフェラチオを受けているだけの御剣が動いた。
───ッん!」
 うつ伏せの状態のまま尻を掴まれて、引き寄せられた。腰が急に持ち上がって咥えていた御剣のペニスが喉奥を刺す。
「んっ、む…!んんッ!」
 口に含んだまま何かを言えるわけがないとわかっていたけれど、あまりのことにぼくは我を忘れて相手に突っ込んだ。
 その時、体内に侵入してきた何かに全身が反応した。つーっと、そこから内腿に掛けて流れていくもの。それは、たぶん自分が今舐めていたのと同じもので。それの滑りを借りて御剣の中指が入ってくる。
 もう声を上げることすらできない。
 くぷ、くぷ、と微かな音を立てて指が出し入れされる。身体を固定され、咥えたままの御剣をうまく舐めることもできないのに、御剣のペニスは硬く張り詰めていた。ぼくの身体を好きに弄ることに興奮しているのだろうか。
「んっ、む、うう!」
 御剣の指先ひとつで自分が反応していることが屈辱的で、とにかくがむしゃらに声帯を動かした。それに、そろそろ身体が限界だった。不自然に丸められた背中が悲鳴を上げている。
 最後に穴を広げるようにぐるりと中を撫で上げ、御剣の指は抜けた。脱力して逆に下に落ち込んでしまう頭を御剣が両手で救った。やっと開放された口と喉に安堵し、ぼくは大きく喘いだ。
「大丈夫か?」
 涼しい顔でそう尋ねられても息が上がって返事ができない。
「か、噛むかと思った……」
「それは困るな」
 やっとで搾り出した声に御剣は苦笑する。こっちは死に掛けたのに、どこか楽しそうな奴の様子に腹立って白く汚れたペニスを右手で掴んだ。また上半身を屈ませて、白いクリームを塗りつけ、唇を寄せる。
「甘いのが好きなのだな、君は」
 生クリームを纏わせたペニスを舐めるぼくを、御剣の言葉が揶揄する。いつもならば一言言い返す場面ではあったけれど、その時のぼくにはそんな余裕はなかった。
 御剣のあれを舐めている時はいつも頭がぼうっとしてしまう。男の性器を舐めるなんて信じられないことをやってのける自分を、忘れたいのかもしれない。でもそんなのは詭弁で、ただこうして御剣の無防備な場所を自分が攻めるという行為に夢中になっているのかもしれない───
 ほとんど理性をなくしたぼくに、御剣が触れた。促された通りに身体は動く。気付けば二人の身体は重なり合っていた。頭を交互に置いて。
「…っ、みつるぎ」
 恥ずかしい格好に一瞬だけ理性が戻る。御剣はソファの肘掛に頭を乗せ、ぼくの両足を割り開いていた。そして、囁く。
「続けてくれ……」
 足に間に御剣の吐息を感じた。それだけでも恥ずかしいのに、窄まるそこに御剣の唇を当てられて痺れのような感覚が身体を走った。恥ずかしくて身体が焼け付くようで、ぎゅっと目を閉じて目の前のペニスを頬張った。先程少しだけ溶かされたそこは、濡れた音を発して小さな口を開いた。そこに御剣の指と舌が交互に当てられる。
「っん、ん」
 ぼくは御剣の指の形を知っている。だから、どうやって触れているのか、どうやって撫でているのかが見なくても容易に想像できて、それがまた羞恥と快楽を与えた。
 好きに遊ばれていたそこに、ぬるりとした感触を感じて慌てて首を捻った。御剣の、ぼくを触っていない手が置いてあったボウルに伸びている場面を目撃してしまう。
 御剣の指が視界から消えた。と思ったら何とも言えない感覚がぼくの身を襲った。御剣は掬い取った生クリームをぼくのそこにも擦り付けたのだ。
 目撃した光景と今の感触がイコールに結ばれなくてぼくは混乱した。更に捻ろうとした身体は御剣の手に阻まれた。
「いや、だっ…あっ」
 クリームの滑りを借りて御剣の指先が入ってきた。片手の指二本で肉を割って、懸命に閉じようとする中に道を作ろうとうごめく。耳を塞ぎたくなるような卑猥な音がそこから生まれていき、ぼくはぎゅっと目を瞑って口を動かした。もう、クリームの味なんてわからない。少しだけ味が変わったように思えるのは、御剣が零す先走りのせいなのかもしれなかった。
 足の間で御剣の頭が動く。窄まるそこ、弛んだ皮、ペニスの根元。舌を運んでは、また同じ道筋を通って戻っていく。髪の毛が内腿を細かくくすぐった。
「あっ、ああ、んぁっ」
 そうされることで背中がぞくぞくと波打つ。そして、ふわふわとした感覚が爪先だけじゃなく身体全体を包んでいく。ぼくは堪らず唇を御剣から離し、短く喘いでしまった。
「止めていいといつ言った?」
 動きを少しだけ止め、御剣が意地悪そうに尋ねてくる。答えることのできないぼくの状態を知っているくせに、更に追い討ちを掛けるようにぐにぐにと穴を指先で揉まれた。
 ああ。いつかと形勢逆転だな、と喘ぎながら思った。
 あの時も確か御剣がケーキを持ってきてくれたのだった。女の子が喜ぶような、綺麗にクリームを盛られたケーキと御剣が似合わなくて、思わず笑ってしまった。帰る間際に少しだけ二人きりで会話をした時。構ってやらなかったことが不満なのか、どこか悲しげで拗ねているような表情でイチゴを食べようとする御剣が可愛く思えてつい意地悪をしてしまった。
 からかうつもりはないけれど、生真面目で常に冷静な御剣を見ているとどうしてもちょっかいを出したくなる時がある。それは意地悪心からではなくて、単に愛おしいという気持ちの表れでもあるんだけど。
 今の、御剣も。ぼくと同じようなことを考えているのだろうか。感じているのだろうか。
「……ああっ」
 もう限界だった。差し込まれた御剣の舌をきゅうと締め付けてしまう。ペニスも恥ずかしいくらいに硬くなっていて、これ以上焦らされたらみっともなく強請ってしまいそうになる。
 同じように硬くなっている御剣のペニスを右手で掴み、振り返る。出来るだけ声が掠れないように。ふてぶてしく見えるように自分で笑みを調整しつつ。
「ケーキのお礼、ってさ。……それだけで、いいの?」
「フン。素直でないな。可愛げのない男だ」
 普通の恋人同士なら甘い会話で進行していく場面だ。でもそうなることはぼくのプライドが許さなかった。級友、ライバル、親友、恋人という順序を経た相手だからこそ。たとえ抱かれる側に回ったとしても、自分という立場と御剣という立場は崩したくなかった。
 額に汗を浮かべつつも応戦した御剣もたぶん同じことを思っているのだろう。
「そういうぼくが、好きなんだろ?」
 ぼくの言葉に御剣はふっと笑っただけだった。姿勢を変えながら、足を大きく開いて相手に自分を晒しながら。ぼくは笑みを消さない。最後の最後まで浮かべているそれは、自分を守るための矜持。
───くっ、あ!」
 こうして身体の中に御剣を受け入れてしまえば、優位に立つなんてことは出来なくなるのだから。
「ん、う、…っ」
「きついな」
 前屈みになった御剣が苦しげに呟く。人の身体の一部の、熱を持った部分が自分の身体を柔らかく裂いていく。痛いはずのそれは、眩暈がしそうなほどの快楽を呼んだ。
「御剣……」
 名前を呼んでその存在を確かめる。自分の中に入っていく、圧倒的な存在を。自分を壊して荒らしていく、愛しい存在を。
「ああ……成歩堂……」
 閉じているまぶたに唇の感触が触れた。キスというよりは擦り付けるだけの行為をし、それは離れていく。開くと御剣が苦しげな表情でこちらを見ていた。
 塗られていた生クリームが潤滑油の働きをし、入り口周辺は程よく解けていた。中はまだ侵入を警戒しているものの、いつも受け入れるその形に馴染んでいくのは時間の問題に思えた。
「いいよ、御剣。ぼくは……大丈夫だから」
 許可を与えただけなのに、御剣は泣きそうな顔になって唇を寄せてきた。身体が移動したことで挿入が深くなり、苦しみが増した。でもぼくは迷わず唇を差し出した。舌を伸ばして自分も相手を乞うていることを主張した。
「ん、む……ンッ」
 唇が合わさり、その状態のまま御剣が腰を使い始めた。
 リズミカルな音を立てて御剣が出たり入ったりする。ぼくはそれを小刻みな声を上げて受け止めることしか出来なかった。
 ソファなんて狭いところで繋がっているせいで、ぼくたちは身体を擦り合わせるようにして絡まりあっていた。張り詰めた自分のペニスが、御剣とぼくの腹の間でぬちぬちと動く。手で扱かれなくてもそれは十分すぎる気持ちのよさだった。その滑らかすぎる動きに、自分がいつの間にか達したことを悟った。
「あっ、みつるぎっ、…る、ぎっ」
 ちゃんと呼べていない名前の欠片すら愛しくて、ぼくは身体を強張らせた。ぎゅうときつく締め付けられたせいで御剣は更にそれを硬くさせた。背筋を伸ばし、ぼくの身体を限界まで押し開いて。隙間なく埋め込まれていたペニスから精を放った。







 真宵ちゃんと春美ちゃんは同じように瞳を大きく開いて、ぼくと御剣を見つめていた。その純粋すぎる瞳から生まれる視線は居心地が悪い。さり気なく自分の視線を外すと、隣に座っていた御剣と目が合った。御剣も同じように視線を彼女たちから外してきたらしい。
「御剣検事、今度はこれがブームなんですか?」
「ぶぅむとは何なのですか?真宵さま」
 真宵ちゃんと、真宵ちゃんが手に持つたい焼きを交互に見つつ春美ちゃんが眉を寄せた。
「流行ってるってことだよ、はみちゃん。御剣検事の中で今はたい焼きの大波がきてるんだよ!」
「たい焼きの大波ですか?おいしそうです!」
 どこかかみ合わない会話に突っ込む気力もなくて、ぼくは目の前にあった包装紙に手を伸ばした。こんがりとおいしそうな焼き色をつけたたい焼きをひとつ手に取る。
「ブームって何だよ。今日はたまたまこれを買ってきただけだろ」
「異議あり!御剣検事は同じものをずっと買ってくるクセがあるのです!」
 真宵ちゃんの勢いがいいだけの異議に、なぜか御剣は飲んでいたお茶に咳き込んでしまった。
「……真宵くん。私には、そのようなアレはない」
「えーだって御剣検事、この前まではショートケーキばっかり持ってきてたじゃない。あたし、たぶん一年で見るイチゴの量をあのケーキで使い果たしたよ」
 その証言に御剣は後ろめたいことがあるのか無言を返した。
 ……ショートケーキ。その証拠品に心当たりがあるような気もしたけれど、今のぼくは弁護士ではなく傍聴人と化している。余計な口を鋏むのはやめて、手にしていたたい焼きをぱくりと頬張る。
 御剣はしばらくして態勢を整えたのか、額の前で人差し指を小さく揺らす。
「生クリームは食べ飽きたのだよ。成歩堂からお礼をいただいたからな」
 今度はぼくが咳き込む番だった。生クリームにお礼。この前このソファの上で行った、恥ずかしすぎる行為の記憶が頭の中に溢れ出してきた。
 真宵ちゃんは御剣に向けていた身体をぼくの方向へと変更し、噛み付くようにして突っ込んできた。
「えっなるほどくん、御剣検事にケーキ奢ったの!?ずるい!いつ?何を?」
「ずるいって、お礼だろ。真宵ちゃんはぼくに何かくれたっけ?」
「あげてるじゃない、お茶だって毎日淹れてあげてるよ!」
 内心焦りつつ、何とか論点をずらそうと彼女の尋問に答えた。春美ちゃんが差し出してくれたお茶を一口飲んで、真宵ちゃんに向き合う。ちらりと御剣を見ると、奴は楽しそうに唇を歪めてこの平和な裁判を傍聴していた。
 この性格のよろしくない男を次はいつ驚かせてやろうかと、物騒なことに頭を働かせつつぼくは大きな声で異議あり!と叫んだ。


 

 

 

 

 

 

 

 

事務所にどうして生クリームがあるかの説明を考えるのが、
エロを書くより大変でした。


 

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