かぶっていた布をテーブルに戻し応接室に戻ると、ヤッパリさんとはみちゃんがソファに座り
向かい合ってお茶を飲んでいた。
「真宵ちゃん!ありがとうな!」
あたしの顔を見ると、ヤッパリさんはいつもの笑顔を作る。
曖昧な笑みを返し、あたしは彼の向かい側に腰を下ろした。
彼の様子は今までと全く変わらない。相変わらずへらへらと笑ってるだけで、さっきのかっこよさは
どこに行ったんだろ?と心の中で疑問を抱きつつあたしはお茶に口をつけた。
その時ふと、ヤッパリさんを見つめているはみちゃんの瞳が妙にキラキラしてることに気がついた。
あたしは首を傾げてはみちゃんに問い掛ける。
「どうしたの、はみちゃん」
「マシスさんは"本当の愛"をもってらっしゃるのですね!」
両手で拳を作り、心底嬉しそうにはみちゃんはそう叫んだ。目を丸くしたのはヤッパリさんだ。
彼の様子にまったく気がつかないで、はみちゃんは輝く目でヤッパリさんを見上げる。
「本当の愛?なんだそりゃ?」
「マシスさんと美佳さまは、本当の愛でむすばれていらっしゃるのですね!」
素敵ですわ!とはしゃぐはみちゃんにヤッパリさんはあっさりと首を振った。
「そんなの知らねえな。…あ!やべ、オレこれからデートだったんだ!
今の彼女、またモデルでさ!ワガママなヤツなんだよな。でもまぁ、美佳よりはマシだけどな」
否定されたことに驚く間もなく、ヤッパリさんはがばっとソファから立ち上がると駆け足で
事務所の出口へと向かう。でれでれと情けない口調で、新しい彼女のことをのろけながら。
最後に一度振り向くと、ぽかんとしているあたしたちに向けて親指をぐっと立てた。
「成歩堂によろしくな!じゃあな、真宵ちゃん、春美ちゃん!」
まるで春風のようにさわやかににこっと笑うと、ヤッパリさんはあわただしく事務所を出て行った。
あの切ない言葉も、優しいキスも。
まるで全部なかったような彼の行動に、あたしとはみちゃんはただただ呆然とすることしかできなかった。
「真宵さま…マシスさんのあれは"本当の愛"とはちがうのでしょうか?」
「あたしには難しすぎてわからないよ……はみちゃん」
しばらくした後、呆然としたままはみちゃんがぽつりと呟いた。
あたしはただしみじみと、そう答えることしかできなかった。
・.
なるほどくんはソファに身を沈めると、はぁぁと深いため息をついた。
「疲れた…」
「お疲れさまーお茶入れるね」
一日中走り回っていたなるほどくんが帰ってきたのは夕方もとっくに過ぎて、夜になった頃だった。
はみちゃんを先に帰したあたしは所長である彼に熱いお茶をいれるために、狭いキッチンへと向かおうとした。
と、 その時。
「ああああああ!!!!」
「どうしたの、なるほどくん!!」
なるほどくんの悲痛な叫び声が事務所に響いた。
慌てて応接室に戻り尋ねると、なるほどくんはこれ以上ないってくらいに
肩を落として落ち込んでいた。あたしの問い掛けに悲壮な顔を上げる。そして泣きそうな顔で呟いた。
「置いといたはずの……事務所の家賃がないんだよ……」
「ええええ!!」
「ここに確かに、封筒に入れて置いといたんだけど」
まいったな、となるほどくんは眉毛を下げて深々とため息をつく。
あたしは慌ててそこら辺をあさってみた。
ぐちゃぐちゃの書類の下、整頓されていないファイルの隙間…
手当たり次第に探してみても、彼の言う封筒は出てこなかった。
「もう!だから片付けろって言ってたのに!」
「ううう…」
なるほどくんを説教しても、見つからないものはしょうがない。
青い顔のまま放心しているなるほどくんを睨みつけ、腕を組んでため息をつく。
その時ふと、袂に入れてあったものを思い出した。何気なくそれを取り出してみる。
「あ!真宵ちゃん、それ!!」
あたしが手にしてるものに気がつき、なるほどくんがびしりと指を突きさして叫んだ。
それは先ほど、霊媒の報酬金としてヤッパリさんから押し付けられた無地の封筒。
中身を開けて見てみると一万円札が数枚が入っている。一番びっくりしたのはあたしだ。
「ええ!?もしかして、これが家賃なの!?」
「真宵ちゃん…確かにうちの給料は安いけどさ…」
なるほどくんの哀れむような視線に、あたしは慌てて首を振って弁解した。
「違うよ!あたしじゃないよ!これはヤッパリさんがあたしにくれたの!」
「矢張が?……何、今日ここに来たの?あいつ」
その言葉になるほどくんから表情がすっと消えた。
あたしは不穏な空気を感じて、封筒を彼に渡しゆっくりと後ずさる。
なるほどくんの深い眉間のしわを見つめつつ、誤魔化そうと笑ってみせた。
でもそれは全く意味がないようだ。見ている内に彼のギザギザの眉毛がどんどん不機嫌そうにつりあがっていく。
人差し指をもう一度あたしに向けると、なるほどくんは吠えるように叫んだ。
「ぼくがいない時にあいつを事務所に入れるなって言ってるだろ!」
「しょうがないよ、尋ねてきたんだもん!」
「言い訳するなよ!」
汗をかきながら言い返すあたしに、なるほどくんは心底呆れた顔をした。
あたしは両手を握り締めて、今日あったことを説明しようとした。
けれども、あまりにも馬鹿馬鹿しすぎてうまく言葉にならない。焦ったあたしは声を張り上げた。
「はみちゃんが本当の愛を知りたがってたから!教えてあげようと思ったんだよ!」
「何バカなこと言ってるんだよ…留守番くらいちゃんとしろよ!」
「してたもん!」
「じゃあ何で家賃盗られてるんだよ!!」
結局あたしは、なるほどくんにこっぴどく叱られてしまった。
霊媒ごっこに巻きこまれ、家賃泥棒の濡れ衣を着せられ。
たった一日ですっかり疲れてしまったあたしは、あの時なるほどくんが言っていた言葉を
思い出さずにはいられなかった。
矢張の関係者はみんな、この言葉を思い知る運命なんだよ。
"事件のカゲに、ヤッパリ矢張"…ってね。
その言葉の意味を、あたしもようやく身をもって知ることができたのだった。
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