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思っていたよりも早く審議が終わり、空いた時間をどこでつぶそうか悩みつつ
裁判所の出口へと続く廊下を歩いていると。
ひざを抱え、小さくなっていた人物と目が合った。私はその人物の前まで進み、足を止める。
彼女はしゃがんだ姿勢のまま私を待っていた。和服のような装いに、妙な髪形。
今はすっかり見慣れたその格好に動じることもなく、私は綾里真宵君に声を掛ける。

「一人か?成歩堂は?」
「あたし一人です!一人で裁判所にくらい、来れます!」
「う、うム。そうか…」

何気なくした質問に、真宵くんは挨拶もしないで噛み付くような勢いで答えた。
その迫力に気圧されて、私はしばらく言葉を失ってしまった。
そんな私から視線をはずし、真宵くんは膨らませた頬を両膝に埋める。
私はますます困惑してしまい、その場に立ち尽くした。
こうして声を掛けた以上、このまま去るわけにもいかない。しかし彼女が何に対して怒っているのか…
まるで見当もつかないのだ。
仕方なく私は、しゃがみこむ彼女の横に移動し壁に背中を預けた。
そして頭の中で彼女と交わした会話を一からなぞってみる。
───しばらくすると。

「ごめんなさい」

脈略もなく謝られて、私の反応は少しばかり遅れた。
数秒後、首を傾げる私に真宵くんは俯きながら答えた。

「さっきの、嘘です。本当はなるほどくんを待ってるんです」

両手を胸の前で合わせ、彼女は言った。首から掛けている勾玉が小さく揺れる。

「さっきまで一緒に裁判に出てたんだけど、もういいって追い出されちゃって」

そう言うと、真宵くんしょんぼりと肩を落とす。ますます落ち込んでしまったようだ。
───成歩堂はあれでいてなかなか、言うことがきつい。
私も裁判中で、彼の突っ込みは経験済みだ。
あの激しい攻撃を日常的に受けている彼女がつらくないはずがない。

「……まぁ、そう気を落とさないでくれたまえ。 成歩堂だって別に悪気があったわけじゃなかろう」

世間話すら苦手な自分が、女性を慰めるうまい方法を知るわけがない。
……矢張あたりは得意そうだが。
しかし彼女は親友の助手でもあるし、何より私自身もとても世話になった。

「彼も審議中は気が立っているからな。本心からそう思っているわけではないだろう」

落ち込んでいる彼女を少しでも元気づけるため、私は内心汗をかきながら言葉を続けた。
私の言葉は効果がないらしく、真宵くんは俯いたまま顔を上げない。
自分自身の不甲斐なさと、今審議中であろう元凶の成歩堂を激しく恨んだ、その次の瞬間。

「あ!またやっちゃった!」

真宵くんの素っ頓狂な声に、私は驚いて彼女を見返した。
じっと見ていると、両の手のひらの中に小さい何かを握っていることにようやく気がついた。
私の視線に気がついたのか、真宵くんは顔を上げる。そして満面の笑みで、私の目の前にそれをかざす。

「携帯トノサマンゲーム!いいでしょ、これ。出たばっかりなんですよー」

一瞬、目の前でちょこちょこ動くトノサマンに目を奪われた後。
私はその持ち主に視線を戻す。

「…そうか…で、そのゲームは…?」
「昨日買ったんですけどね、今日はどうしても休んじゃ駄目だってなるほどくんに言われて」
「………………」
「さっきの裁判、もうあきらかに無罪なんですよ。あたしが出る幕ない様子だったから…」
「君は!審議中にこれで遊んでいたのか!?」
「いくらあたしでもそんなことしてません!」

遊べるかも、と思っただけです!と付け加え、真宵くんは頬を膨らませた。
あきれてものも言えなくなっている私をじろりと睨んだ後。

「怒られるかなぁ…」

ものすごく小さな呟きを落とす。
彼女の声を拾おうと、少し屈んだと同時に胸元のフリルを掴まれた。そして強引に引き寄せられる。
私はそのまま、彼女の横に座り込む格好となってしまった。

「ま、真宵くん…」
「なるほどくん…怒ってるよなぁ」

この時間帯、廊下を歩く人間は大して多くない。しかし…いないとも言い切れない。
鬼検事と呼ばれる私と、妙な格好をした少女。その二人が並んで廊下に腰を下ろしている。
その光景がどれほど滑稽で人目をひくか…想像しかけて、やめた。

「話なら、他の場所で聞くが」
「やだなぁ…」

真宵くんは相変わらず落ち込んでいて、私の言葉は全く耳に届いていないようだ。

「ま…」
「御剣検事!」

突然、名前を呼ばれる。私は身を硬くして、彼女を見返した。

「なるほどくんの好きなものを与えてごまかすっていうのはどう?
御剣検事はなるほどくんと友達でしょ?何が好きか知ってる?」
「………」

どうしようもないとこを考え付くのだな、と皮肉を返そうとした。
が、私はそれをしなかった。

「なるほどくん、ああ見えて無趣味だから…とりあえずバッジ、好きだよね。あと何だろう?」

眉を上下に動かし、手にしたゲームをもてあそびつつ、頭を小さく傾げる彼女。
その仕草がとても一生懸命で。

「ネクタイはいつも一緒のだし。こだわりなさそう…ねぇ、御剣検事!考えてよー」

くるくると表情を変え考え込む姿があまりにも可愛らしくて、私は思わず笑ってしまった。

「なに?」

いや、と片手を振って答える。私のその行動に彼女の表情がまた変化した。

「あー御剣検事、あたしのこと馬鹿にしてる?」
「すまない」

眉を吊り上げて怒った後、唇を尖らせて視線を逸らす。その拗ねたような横顔が、とても愛しい。

「真宵くん。トノサマングッズはどうだろうか?」
「えー?なるほどくん、トノサマンに興味ないよ?」
「そうだ。だから、あげる振りをすればいい。彼は絶対受け取らないだろう」
「あ!気持ちだけあげるってこと?」

さすが御剣検事、頭いい!と言って、真宵くんはようやく微笑んだ。

「何がいいかなーあたし、ストラップ欲しいなぁ」

つられて微笑みかけた、私の顔を振り返って。

「御剣検事…売ってるお店、知りません?明日、一緒に行きませんか?」

今度は眉を下げて、私を見つめる。

「……知らないことはないが」
「お願い!御剣検事」

彼女は両手を顔の前で合わせ、祈るように懇願した。
そこまでされては、断るわけにはいかないだろう。私は口を緩めて微笑みを返す。

「…定時に終わらせるよう、努力しよう」
「何の努力?」
「わっ!なるほどくん!」

いつのまにか目の前に男が立っていた。腰に手を当て、前かがみの姿勢で私たちを覗き込む。
とがった眉に、とがった頭。彼こそが彼女の雇い主である、成歩堂龍一だ。

「終わったの?早かったね」

ぱっと立ち上がって真宵くんはにこにこっと笑った。
そんな彼女に、成歩堂は冷ややかな視線を返す。

「真宵ちゃん、ぼく怒ってるんだよ?法廷にあんなもの持ち込んで…」
「お詫びは必ずするから!ね、御剣検事?」

遅れて立ち上がった私を振り返り、真宵くんは微笑んだ。私は軽く頷いてみせる。
その様子を見ていた成歩堂は、眉をひそめる。

「何?なんか隠してないか?」

ううん、と真宵くんはけろっとして首を振る。私は無言で彼を見つめるだけだ。
そんな私たちの様子を、不審そうに観察した後。成歩堂は大声で叫ぶ。

「二人で何、話してたんだよ!」
「なるほどくんには関係ないよー」
「貴様には関係ないだろう」

私と真宵くんはほぼ同時に、そう答えた。私たちの反応に目を丸くした後。
成歩堂は眉毛をますます尖らせて、声を荒げた。

「何だよ!二人してさ!」

駄々をこねる子供の様な彼に、私たち二人は視線を合わせて笑った。と、その時。

「御剣検事!こんなとこにいたッスか!」

野太い声が割り込んできた。視線を転じると、大きな体を揺らして糸鋸刑事が近づいてくる。
隣に立つ成歩堂と真宵君に小さく会釈をして、私に向き直る。

「明日の裁判のことで、すぐに警察署にきてほしいッス!」

軽く頷いてみせて、私は歩き出した。

「御剣!」
「御剣検事!」
「御剣検事さん!」

三人の声が、同時に私を呼ぶ。私はゆっくりと振り返った。

「また明日ね!」

二人の男に挟まれる形となっていた一人の少女が、手を振って笑った。
私はその彼女にだけ微笑を返すと、再度姿勢を反転させて歩き出す。
成歩堂の何なんだよー!という叫びと、真宵君の笑い声と、私の後を追う糸鋸刑事の足音が
聞こえてきたが、私は足を止めずに裁判所を後にした。



・.



糸鋸刑事の運転する車で、警察署に向かう途中。

「糸鋸刑事」

突然、名を呼ばれ糸鋸刑事はびくりと身体を揺らす。
彼は背筋を伸ばし、私をミラー越しに見た。私の睨みつけるような視線と合うと、緊張した面持ちで
口を閉じる。私は彼を睨みつけたまま問いかけた。

「真宵くんは、かわいいと思わないか?」
「は?」

目を丸くした糸鋸刑事を無視して、私は言葉を続ける。

「今でも十分かわいいと思うが、会えば会うほどかわいくなるとは思わないか?」
「み、御剣検事!?いきなり何言ってるッスか!?どうしたッスか!?」

私の発言に驚いた糸鋸刑事は赤信号に気づくのが遅れ、そしてブレーキを踏むのも遅れ。
大きなブレーキ音を立て、つんのめるようにして停止する車。

「………糸鋸刑事」
「はいッス……」

前のめりの姿勢のまま、私は彼に次の給料査定について覚悟するよう告げたのだった。

 

 

●   
・.

 

















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ミツマヨというか、真宵ちゃんを過剰に甘やかすミタンというか。
スティービー・ワンダーの曲が元ネタ。親バカの歌で、素敵なんです。
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