top> 君の手を、君の温度を |
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生きてる人はあったかい。
「熱っ!」 短い悲鳴と重なって、物が落ちていく音。 「なるほどくん!?」 あたしは慌ててキッチンへと向かう。そこにはシャツを腕まくりして、呆然と立ち尽くすなるほどくんがいた。 「コーヒーならあたしが入れるよ?何?こぼしたの?」 子供をしかりつけるみたいな勢いであたしはなるほどくんの腕を掴むと、蛇口の下に導く。 「…やだ、冷たいよ」 勢いよく流れ出した水を、なるほどくんの手に浴びせる。 「……どうしたの、なるほどくん。さっきの裁判も、何かおかしかったよ?」 あたしの問いかけにも、ぼんやりとした言葉だけ返す。 「手、冷たくなっちゃったな…」 耳に届いた小さな呟きに、あたしは顔を上げる。 なるほどくんは俯いたまま、手で水に触れていた。 ・ 「それじゃあ、あたし帰るね」 ソファから立ち上がり、あたしはなるほどくんを振り返った。 「うん。また明日ね」 その声も、元気がない。 あたしはドアにむけていた身体を動かし、なるほどくんの元へと引き返した。 「忘れ物?」 デスクの前にたどり着いたあたしは首を振る。なんとなく、帰るのがためらわれた。 「手、大丈夫だった?」 自分でちらりと観察した後、立っているあたしに手を差し出した。 「真宵ちゃん?」 なぜか、彼まで驚いた顔をしてあたしの名前を呼んだ。 「真宵ちゃん、手が冷たいよ」 そしてすこし悲しそうな顔で、そう言う。自分で自分の手を握り締めて。 「違うよ!なるほどくんの手が熱いんだよ!」 ちょっとごめんね、と言いつつ彼の額に手を伸ばす。ほんの少し緊張したけど、今はそれどころじゃない。 「結構あるみたいだよ!どうして言わないの!」 体調の悪い人に説教してもしょうがない。あたしは言葉のかわりにため息をひとつついた。 「仕事はいいから!寝てて!あたし、薬買ってくるから」 後から追いかけてくるなるほどくんの返事は聞かないことにして、あたしは急いで階段を駆け下りた。 ・ 適当な薬と、コンビニで飲み物とかゼリーとか買って戻ると、なるほどくんはソファに身体を投げ出していた。 「ごめん、真宵ちゃん。ありがとう、今日はもう帰っていいよ」 そして、ふらふらしながら身体を起こそうとする。 「いいから寝てて」 冷やすためのタオルを掴み、キッチンへと向かう。 「真宵ちゃん……ぼく、帰らないと」 はっきりとした拒絶の声が響いて、あたしは驚いて振り返った。 「ここは、いやだ……」 熱が上がってきたのだろう。意識が朦朧とした様子で、それでもなるほどくんは首を振る。 「ここだと眠れない……」 その言葉を最後に、なるほどくんは沈黙する。 「夢見るってことは、寝てるってことじゃない……」 ・ 時計の針はぐるぐると回り、気がつけば午前0時を過ぎていた。 「怖い夢でも見た?」 からかい半分でそう尋ねると、なるほどくんは首を振った。 「昔の夢。この事務所の……」 そこまで言って、言葉を止めた。 この事務所にはもう、お姉ちゃんはいない。 額に置かれたタオルがずれて、なるほどくんの目を隠した。 「病気の時って淋しくなるよね。あたし、手握ってあげようか?」 タオルを元に戻してあげて、彼に笑いかける。 「真宵ちゃん、お願い。手、握ってよ」 あたしは馬鹿みたいに、口を開けてなるほどくんを見つめる。 「お願い」 いつものコピーを頼むみたいに軽く様子で、なるほどくんは手をぴらぴらと振った。 「……わかった」 自分で言っといて、あたしはものすごく汗をかきながらそれを握った。 「やっぱり、冷たい」 そう言ってなるほどくんは薄く笑った。 「なるほどくんが熱あるから、あたしの手が冷たく感じるだけだよ」 あたしは顔を赤くしながら、何度も頷いてみせた。 「冷たい……」 思い出した。そういえば、あの時も夜だった。 「冷たいよ……」 なるほどくんは微かに呟いた。 ・ 午前6時。 「おはよう。熱、下がったみたいだよ」 のそのそと起き上がったなるほどくんは、寝ぼけているのか、数秒間瞬きを繰り返し。 「な、なるほどくん!?」 にゅっと両手が伸びてきて、するりと回される。 「ちょっと!何寝ぼけてるの!?」 いきなり抱きつかれたあたしは、かなり狼狽してしまった。あせって腕を振り解こうとしたけど、 「真宵ちゃん、あったかいね」 あたしの言葉を全然聞いていないなるほどくんが、ぽつりと呟いた。 「……だって、あたし生きてるもん」 ───あたしはお姉ちゃんと違って、生きてるもん そう言った途端、涙が出てきた。 「何で泣くの、真宵ちゃん」 あたしの泣き声を聞きつけたなるほどくんが、姿勢はそのままで問いかけてきた。 「何でもないのに、泣いてるの?」 わけのわからないことを言いつつ、なるほどくんはあたしを離そうとしなくて。 「……ねぇ、なるほどくん」 しばらくして、あたしは呼びかけた。返ってくる声は優しい。 「駅前に新しいラーメン屋ができたんだよ。今度行こうね」 (───お願いだから、あたしと一緒に生きて) 声が詰まって、それ以上は言えなかった。 「……わかった」 あたしの顔を見ないで、なるほどくんはそう答えた。あたしを抱く腕に、きつく力を込めて。 抱きついてくる体温はとても温かい。生きている人の温度。 「なるほどくんも、あったかいよ」 鼻をすすりながらあたしは言った。
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故・千尋←成となっている場合、それを断ち切れるのは真宵ちゃんだけだと思います。 死者をずっと好きでいるのは無意味かつとても悲しいことですから。 真宵ちゃんのあのパワーに癒されてほしいです、ロンリーナルさん。 ナルチヒが好きなんで、ナルマヨ書くとこんな感じになってしまいます。 …か、かろうじてナルマヨですよね?コレ。手も繋いでるし、抱き合ってるし! |
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