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ああ、駄目だ。
どうしても、眠れない。

 

思い切って、身体を起こしてみる。
夜がこんなにも無音の世界なんて、24歳になって初めて気がついた。
いや、違う。それは今日、だけなのか…?
手を伸ばし、目覚し代わりに側に置いておいた携帯電話を手に取る。
メールを見てみると、同じ奴から届いたメールでいっぱいだ。
電気は付けないで携帯自身の明るさに頼りつつ、ひとつひとつ、確認してみる。

『今夜、ヒマか?またモデルと合コンすんだけど、お前もどう?』
『バイト、またクビになっちまった!訴えてやる!ナルホド、お前弁護士だろ?』
『最近ミカの奴、全然会ってくれないんだよー仕事、忙しいのか?』

(知らないよ、お前の彼女のことなんて)

話題といえば、女の子のことばかり。能天気な内容に、思わず笑みがこぼれた。
と同時に、背筋が凍る。
ミカ………高日美佳。奴の彼女。そして、今回の事件の被害者。
そして、彼女を殺した犯人。いや、被告人……それがこのメールの送り主、矢張政志。
ぼくの、小学校からの大親友だ。

「…………事件の影にヤッパリ矢張、か」

ため息混じりに呟く。いつも冗談で、友人たちと交わしていた言葉。
それが今ほどつらく、苦しく響くことはない。
明日、裁判が行われる。弁護人はぼくだ。 弁護士になって、初めての裁判。
ぼくは、奴を救えるのだろうか……?
前日の夜。緊張と不安と、そして怯えで眠ることすら出来ない、こんなぼくが───
顔を覆った手が震えていることに気付き、自嘲の笑みがこぼれる。

(……それならば、堂々としたまえ)

脳裏に、ふと浮かぶ声。目を開けて声の主を探してみても、見えるのは暗闇だけだ。
再度目ををつぶり、記憶を手繰り寄せる。

「……異議あり!……その必要は、ない…」

同じ台詞が口に出せるほど、はっきりと蘇る。忘れたくても、忘れられないあの時間。
体育の時間。給食費。封筒。───味方がいない究極の孤独。

「裁判でものを言うのは………証拠品、だけ……」
(裁判で物を言うのは、証拠品だけなのだ!その他のものは、沈黙すべし!)

自分の声に、かぶる少年の声。思い出の、記憶に残る、あいつの声。

(君じゃないのだろう?ぼくの封筒を盗んだのは…)

そう言った彼の瞳は、澄んでいた。
真っ直ぐにぼくを見つめて、迷いを知らない、力強い目。

(人を信じること…依頼人を、ただ信じて弁護すること)

それはあいつに教わった。 ───9歳の、御剣怜侍に。

「………違う」

救うのはぼくじゃない。ぼくの中にある、揺るがない信頼。それと。

(矢張政志は、高日美佳を殺していない)

たったひとつの真実。それだけが、奴を救う。

「異議あり!」

右手の指で天井を突きつけみた。15年前の、御剣のように。

そしていつの間にか、ぼくは眠りに落ちていた。

    ・.   
    ・.
    ・.  

夢の中には三人がいて。 大げさな仕草で、しゃべる矢張。その様子を、眉間にしわを寄せて見守る御剣。
9歳の頃の、小さなぼくが指を差して笑う。 ひとり立ち尽くす、現在のぼく。
今は一人だ。24歳のぼくの横には、誰もいない。
でも取り戻して見せる。 あの頃の二人を。必ず、この手で───

    ・.   
    ・.
    ・.

次の日。
予想通り寝不足となったぼくは、地方裁判所の被告人第2控え室で一人頭を抱える。

「・・・・なるほどくん!」
「あ、しょ、所長」

名前を呼ばれ、顔を上げるとそこには所長が立っていた。
全身を強張らせて緊張するぼくを、所長は首をかしげて見つめた。

「ふう。なんとか、間にあったわね。どうかしら? 初めての法廷は……」

所長の声が、寝不足のぼくの頭に響く。優しく、力強く。 ───そうだ、ぼくは一人じゃない。
裁判当日、しかも数分前になってやっとぼくは気がついた。
あの二人に救ってもらったあの日から、ぼくは孤独になったことがない。
それはあの二人がいてくれたからこそだ。
拳を作って、唇をかみ締める。

「・・・・ぼく、あいつの力になってやりたいんです。助けてやりたい・・・・」

そう呟いたぼくを、千尋さんは励ますように軽く、肩を叩いてくれた。
その彼女の笑顔は、まるで勝利の女神のように見えた。




この後。
なんだかんだでピンチをすり抜け、晴れて無罪となった矢張が悪びれる様子もなく、
封筒に入った3800円をぼくにくれたことでひとつの事件の真犯人が発覚することとなる。

……それはもう少しだけ、先の話だ。

 

●   
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1-1、前日・ビビるなるほどでした。
へたれながらも頑張る姿には涙が出ます。
カツラがぶつかって青筋たてる姿もキュンとします。
「たしか、首を絞められたんじゃなかったかなあ・・・・?」
「それ、独り言よね?」「自分の首でも絞めるんですね」
とボッケボケなところも大好きです。
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