top > 携帯電話


______________________________________________________________________________

 

『…で、できたの?この前に教えた…』
「うん!ちゃんと録音できてたよ」
『消し方は確かねぇ…』
「あ、いいのいいの。録音するだけで」
『でも全部はとっておけないわよ?上書きされちゃうから』
「うん。でもいいの」
『そう?変なコね』

受話器の向こうで、お姉ちゃんが笑ったのがわかった。

何気ない会話のひとつひとつが、あたしの宝物だから。
ただボタンひとつの操作でも、できないよ。
お姉ちゃんを消すことなんて。

    ・.  
    ・.
    ・.  

「すごーい!」

久々に届いた荷物を開けて、思わず笑みがこぼれる。
中にぎっしりつめられていたのは、あたしの大好きな特撮ヒーローのグッズだ。
カードに、帽子(さすがに恥ずかしくてかぶれないけどね)、シール、他にもいっぱい。
大好きなキャラのグッズも嬉しいんだけど、一番嬉しいのはお姉ちゃんがこれをあたしにくれたこと。
カバンをつかみ、奥のほうから携帯電話を引っ張り出す。
いまどき珍しいと言われる、折畳式じゃない古いやつだ。
でも、これが今のあたしの一番大事なもの。
電話番号を呼び出して耳に当てる。単調な呼び出し音の後、空気が広がった音がした。

『もしもし?』
「お姉ちゃん?」

ついつい声が大きくなってしまった。慌てて、辺りを見回す。
あまり大きな声を出すと、おばさまに怒られてしまうのだ。
この前も、電話ばっかりするなって怒られちゃったし。声を潜めて、問いかける。

「今、話しても平気?」
『大丈夫よ。どうしたの、荷物届いた?』
「うん!ありがとーすごい嬉しい!」
『ふふ。どういたしまして』
「ねえ、そっちってこういうのいっぱい売ってるの?今度、あたしも見に行きたい!」

あたしの申し出に、お姉ちゃんはきっぱりとこう答えた。

『駄目よ。あなたまだ中学生でしょ。一人で里から出たことないでしょう?』
「もうすぐ高校生だもん…」
『もうすぐ高校生なら、わがまま言わないで』

こういうときのお姉ちゃんはおばさまよりも厳しい。

「…じゃあ、今度はいつ会える?」
『そうね……今、仕事が立て込んでてね。これが済んだら、そっちに顔出すわ』
「いつ?」
『……真宵』
「あ!ごめん!お姉ちゃん忙しいよね!あたしもねー最近新しい修行が始まって、忙しいんだよ?」

取り繕うように言って、一人笑う。お姉ちゃんの沈黙に、乾いた笑い声が吸い込まれていく。

『ごめんね…』
「お姉ちゃん?」
『淋しい想いをさせてしまって、ごめんね。真宵』

思わず声が詰まる。

『お姉ちゃんのこと、嫌いにならないでね』
「嫌いになるわけないよ!あたしぜんぜん淋しくないよ?」
『…ごめんね、疲れてるみたい。また、今度掛けなおしてもいいかな』
「うん。あたしこそごめんね、忙しいのに」
『また電話するわ。じゃあね、真宵』
「ばいばい」

切れた電話を、あたしはしばらく握っていた。

いつも優しいお姉ちゃん。
いなくなったお母さんの行方を捜すため、里をたった一人で離れていった強いお姉ちゃん。
───違うよ、お姉ちゃん。
あたしが嫌いなのはそんなお姉ちゃんを困らす、あたし自身だ。

    ・.  
    ・.
    ・.  

「わ!真宵ちゃんの携帯すごーい!」
「えーどんなん?」

クラスメイトたちは、あたしの携帯を物珍しそうに観察している。

「もう古いからすぐ充電切れちゃうんだ」
「新しいのに変えたらいいのに。今日帰り見にいこっか?」

首を横に振り、笑顔で返す。

「お姉ちゃんに初めてもらったものなの、それ」

大事な大事な、宝物。あたしとお姉ちゃんと繋ぐ、唯一の───

    ・.  
    ・.
    ・.  

(……どうしよっかなぁ)

左手でカバン、右手で携帯を持ち、ひとりにらめっこする。 お姉ちゃんと話したいけど…忙しいって言ってたし。

(また邪魔するのも悪いよね……でも…でもなぁ……)

お姉ちゃんの疲れた声を思い出した。
あたしはため息をついて、携帯電話を仕舞いこもうとした瞬間。

「あ!!??」

手が滑った。いや、携帯電話が滑った。いやいや、そんなことはどうでもいい。
まるでスローモーションの様に、携帯があたしの手から道路へと落下していった。

「嘘っ!!」

甲高い音とともに、後ろの蓋があらぬ方向に飛んでいった。
さーっと血の気が引いていく。スカートが汚れるのも気にせず、しゃがんで携帯電話を拾う。
通話ボタンを押し、耳に当ててみる。聞こえるはずの音が……しない。

「………嘘ぉ……」

あたしは涙をこらえるのが精一杯で、数分間しゃがみこんだまま立つ事ができなかった。

    ・.  
    ・.
    ・.
 

『はい、星影法律事務所ですが』
「あ、あの、あたし綾里真宵って言いますけど…あの、千尋お姉ちゃんは…」
『あ、綾里さんの?ちょっと待ってね』

どきどきしながらしばらく待っていると、血相変えたお姉ちゃんの声が受話器から聞こえた。

『真宵!?どうしたの、ここに電話なんて…!』
「お姉ちゃん…」

気が緩んで、涙声になる。ますますお姉ちゃんは慌てたようだ。

『どうしたの、落ち着いて話なさい』
「携帯がね……お姉ちゃんにもらった携帯が……」

壊れちゃったの、と最後まで言えなかった。でもお姉ちゃんには伝わったようだ。
ため息交じりの呟きが聞こえた。

『なんだ、そんなこと?』
「そんなことじゃないもん!!」

思わず大きな声で反論する。

「あたし、これがないと一人になっちゃうもん…お姉ちゃんにもらった、大事なものなんだもん…」

堪えていても、涙がこぼれてしまう。ぼろぼろになった携帯電話を握り締めながら、あたしは泣いた。
本当は、淋しくてたまらない。
お母さんも、お父さんも、お姉ちゃんもそばにいない生活に、無理矢理慣れようとしていただけだ。
一人で頑張っていけると思ったのも、この携帯電話があったからだ。
でも壊れてしまったら、もう無理。頑張れない。

『……真宵』

しばらく黙っていたお姉ちゃんが、静かにあたしの名前を呼んだ。
からだがびくりとこわばる。
頑張ってるのはお姉ちゃんも一緒。だからあたしも、わがまま言わないように気をつけてたのに。

携帯電話が壊れて、お姉ちゃんにも嫌われてしまったら───
あたしは本当に一人ぼっちになってしまう。

『わかった。今週末、一緒に携帯見に行こう。一人でこっちまで出てこれるわね?』

お姉ちゃんは、そう言うと声を和らげた。

『真宵。あのね、携帯なんていくらでも買ってあげるから』
「…ほんとに?」
『だから、淋しいときはそう言って。そのために携帯渡してるんだから』
「おねえちゃん…」
『ほら、いつまでも泣いてないで。もうすぐ高校生なんでしょう?』
「うん…」

携帯電話。それはあたしの宝物。
でもわかったんだ。あたしの宝物はお姉ちゃん。
どうして、そんな簡単なことがわからなかったんだろう?
携帯が壊れたら、また買えばいい。録音した会話が消えたら、また話せばいい。

───だから、また電話してもいい?
そう尋ねると、お姉ちゃんは笑ってこう言った。

 

『当たり前でしょ?』

 

 

●   
・.

 


______________________________________________________________________________
綾里姉妹は好きです。微笑ましい。
でも今後の千尋さんのこと考えると悲しい。残酷ですよ、タクシュー。
折り畳みじゃないのが珍しい、といってますがなるほどくんもモロヘイヤも
折り畳みの携帯じゃなかったな…この時代はその形リバイバルブームなんでしょうか。
(逆裁が2001年のゲームだからだろうけどさ…)

________________________________________________________________________________________________________________________________________________________________________________________________________________________________
top > 携帯電話