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あれから数日が過ぎて。
今、ぼくの手の中にあるものを握り締める。

 

けたたましいベルの音。 ざわざわとぼくを取り巻く、たくさんの人の声。

「怜侍くん」

名前を呼ばれ、振り返ると眉を寄せてぼくを見る女の人がいた。

「大丈夫、です…」

口がうまく動かない。けれど無理に開いて、たどたどしく返事をした。
その人はほっとして表情を緩めると、腕時計を見た。

「さ、行きましょうね」

ぼくが頷くのを見届けて、彼女は改札口へと歩き出した。
ぎゅっと手に力をこめると、固い紙がぼくの手のひらを刺激する。
まるで、この手を責める様に。

 

お父さんが死んで、ぼくはこの街から出て行くことになった。
この人は、お父さんの仕事を手伝ってくれていた人だ。
お母さんとは会ってない。 どこかの病院に行ってしまったと聞いた。ぼくがいた病院とは別の、遠い所だ。
自分がどこに連れて行かれるのか、ぼくは知らない。
──でも、この町以外ならどこでもいい。
今のぼくが頼れるのは、手の中にあるこの紙片だけ。
これさえあれば、電車に乗れる。遠くに行ける。

これだけが、今のぼくをここから救い出してくれる気がするんだ。

 

ガタン、ガタン…
身体が揺れる感覚、閉じ込められた空間。
何の音?
そうだ、これは──

「怜侍?」

頭に触れる、体温。

「大丈夫か?もう少し、我慢できるか?」

暗い空気の中、聞こえる声。お父さんの声。

(駄目だよ、お父さん)

「すぐに誰か来てくれるから。我慢できるな、怜侍」

両手を、暖かい温度が包み込む。

(ぼくに、触っちゃ駄目だよ)

「怜侍」

ぼくが、この手でお父さんを撃ってしまうのに…!

お父さんの手が離れたと同時に、ふと触れた固い重い感触。
それを手に取り…争う声の方向に投げつける。

(ぼくのおとうさんから…)
(おとうさんから、はなれろぉっ…! )

一瞬で空気を引き裂く、一発の弾丸の音。
お父さんの声も、ぼくの声も。
ものすごい悲鳴にかき消され、もう何も聞こえない。

 

電車の揺れに促され、ぼくはいつしか眠りに落ちていた。
でもそれはただの眠りではなくて。
繰り返される、あの日の記憶の断片。
再び、目をつぶる。
まぶたの裏に浮かぶのは、もう見ることのできないお父さんの顔。

(もう一度眠ったら、またお父さんに会える…?)

ずっと眠り続けたら、あの夢の続きは見れるのかな。
いつかは、あの夢は違う結末を迎えることができるのかな?

逃してしまった眠りの気配を、目を閉じて追う。 けれども、それは難しくて。
ちくちくと、手のひらを刺激するものを感じて目を開けた。
ぼくの手の中にある、小さな紙切れ。
ぼくをこの町から、遠くに連れて行ってくれる唯一のもの。
けれども、それがぼくを責める。
罪を犯した、ぼくの手をとがめているの?

ぼくはどこにも逃げれないんだ。
この手で、父親を撃ち殺した罪から。
── いくら切符を持っていても。

「……痛い…」

手を開いてみると、くしゃくしゃになった切符があった。
赤くなった手のひら。──ああ、この手は汚れてしまったんだ。
改めてそう自覚する。

お父さん、ぼくはもうベンゴシにはなれないよ。


夕闇が迫る、電車の中。声を殺して、ぼくは泣いた。

 

●   
・.

 


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不幸のどん底みったん。
この話を書くため、1-4話を再びやってみましたがまだ途中。
母親って出てきてないよね…?
いつ豪パパに拾われた(←語弊あり)んだろう。

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