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君がここに来なくても、それはここにあって。
君がここにいたという、証しだけが残されて。

 

「おはよう」
「おはよー!」

三学期の始業式の朝。ぼくは息を切らせて、教室へと駆け込んだ。
久しぶりに会うクラスメイトと挨拶を交わし、斜め前の机を見た。

「…あれ」

予想外の出来事に、思わず声が漏れる。
斜め前の席の主──御剣怜侍はいつもぼくより先に席についているはずなのだ。
姿勢をまっすぐに伸ばし、几帳面にも一時間目の授業の教科書やノートを机の上に並べ、
いつも本を読んでいたはずなのに。
彼はいなかった。
机だけが、どこか寂しげにぽつんと残されていた。

「ねえ、御剣は今日まだ来てないの?」
「さぁ。まだ会ってないけど」

そう答えると、女の子は席を離れ友達のところに行ってしまった。

(ゲーム返す約束してたのになぁ……)
休みなのかもしれない。遅れてくるのかもしれないし…

「なるほど!おはよ!」

能天気な声に振り返ると、そこには矢張がいた。

「おはよう」
「お年玉もらったか?俺、漫画買ってさぁ…」
「ねぇ、御剣に会った?」

話をさえぎられたことを少しも気にかけない様子で、矢張は笑顔で首を振る。

「知らない。あいつ、まだ来てないの?珍しいな」
「うん。そうなんだけど… 矢張も知らないのか……」
「そういえば、年末にすげえ地震あったじゃん?俺、あの時さぁ…」

矢張が話し始めた矢先、先生が教室へと入ってきた。
各自の席へと散らばる生徒に混じり、矢張もぼくの後ろの席へと座った。
全員で挨拶をし終わると、先生は浮かべていた笑顔を仕舞い込んでこう告げた。

「御剣怜侍くんは、お家の事情で転校することになりました」

にわかに教室がざわめく。

(……御剣が…転校……?)

突然知った事実に、ぼくは誰とも言葉を交わすことができなかった。

「急なことだったので、みんなにあいさつができませんでしたが…」

視線を斜め前に移す。 彼の机だけが、そこにあった。
ただ、御剣の姿がない。

「先生」
「なるほどくん?」

つい、立ち上がってしまった。みんなの視線を感じながらもおずおずと言葉を続ける。

「だって、まだ机もあるのに……」
「急だったのでまだ片付けてなかったみたいですね。
なるほどくんと…矢張くん。休み時間に机を隣の準備室に運んでおいてくれないかしら?」
「……はい」

小さく返事をするだけで精一杯だった。
腰を下ろすと、途端に涙が出そうになる。慌ててこらえ、また斜め前の机を見る。

(…なんで…?)

机があるのに、なんで御剣はいないんだろう?

 

 

「あいつも、みずくせえよなー何も言わないなんてさ」

運ぼうとした机の中には、まだ御剣の物が残っていたままだった。
矢張が口を動かしつつ、机の中の道具箱を取り出した。
口数の少ないぼくを相手に、さっきからしゃべり続けている。
彼なりに寂しかったのかもしれない。

「俺たち、友達なのになぁ…」

両手を入れて、何も入っていないことを確認する。
前に貼ってある名前のラベルを、矢張は上手にはがした。
そのまま丸めて、教室に捨てた。

「ダメだよ、矢張。ちゃんと捨てなきゃ」
「この机、運んだらさぁ」

茶色の机に、頬をぺったりとつけて矢張がぽつりと言う。

「ここに御剣いなくなっちゃうじゃん」

ぼくたちにとって、教室は世界のすべてだった。
学校に行って、教室にある机に座って。 机はぼくたちの、大切な場所。
そこにいるという、唯一の証明。

ひやりとした感触は、いつもと変わらないはずなのに。
なぜだか、とても悲しい。

「ミツルギ、いなくなっちゃったね…」

途端に、涙が溢れてくる。 みんなの視線が気になるけど。
流れる涙は止まることなく落ちていく。

「泣くなよぉ、なるほど。俺まで泣きたくなるじゃねぇかよぉ」

泣きながら、ぼくたちは机を教室から運び出した。

 

 

準備室から戻ると、教室は何もなかったかのようにざわめきを取り戻していた。
まるで、御剣怜侍というやつが最初から存在していなかったかのように。

「なるほど」

後ろから、矢張が声をかける。

「わかってるよ」

口を曲げ、笑顔を作る。
御剣は、確かにここにいた。
机なんて──そんなものがなくたって、彼はここにいたんだから。
それはぼくたち自身がよく知っていることだ。

 

君がここに来なくても、それはここにあって。
君がここにいたという、証しだけが残されて。

机はもうない。 そして御剣は、ぼくたちの目の前から消えた。

 

●   
・.

 


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みったん、失踪しました。
泣き虫ななるほど君とヤハリ。
学級裁判後、クラスの子達とは和解したんでしょうか?
(あそこまで大勢で責められたら、もう和解も何もできない気が…)

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