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「すげぇ!」

矢張の叫びに、御剣は満足そうな笑みを浮かべた。

「なんだ、この本!すっげぇ、ぶあつい!」
「六法全書というのだよ」

彼の小学生らしからぬ発言に、ぼくと矢張はただ感嘆のため息をつくことしかできなかった。

御剣怜侍という奴は、いつも品のよさそうな紺色のブレザーに身を包み、
小難しい物言いでクラスでも少し浮いた存在だった。
でも最近、あるきっかけからなんとなく三人で仲良くなった。
真面目な顔で妙なことを御剣が言って、矢張が大笑いし、ぼくがつっこむ。
何の共通点もないぼくたちが一緒にいるのを、他のクラスメイトたちは不思議そうに見ていた。

今日も三人で帰る途中に、御剣の家に遊びに来ているのだ。
父親の書斎という、職員室以上に入りがたい雰囲気の部屋に連れてこられたぼくたちは 、
自分たちの背くらいに積まれた数十冊の本に囲まれ、ただただ口を開けてすごいと言うしかなかった。
驚いているぼくたちに、今度は分厚い本を両手で抱え、 御剣は誇らしげに『ろっぽうぜんしょ』を見せてくれたのだ。

「お前、これ全部読んだの?」
「う、うむ…途中まで…」
「すごいね、御剣」

そう言うと御剣は嬉しそうに笑った。だけど、すぐ笑みを引っ込めそっぽを向く。
素直じゃないなあ、と思う反面、それがあまりにも彼らしくて、ついこっちまで笑顔になる。

「俺、トイレ行きたい!御剣、貸して」
「ここを出て、右に…」
「わかんねぇよ!連れてけ!」

騒ぎ立てる矢張に、御剣は無言でドアへと歩き出す。
一見わがままそうに見えるのは御剣だが、実はこの三人の中で一番俺様なのは矢張だ。
マイペースすぎて、いつもぼくたちが奴のペースに巻き込まれる。

「すぐ戻るから」

御剣の言葉に頷いて返事をする。
一人残されたぼくは、本棚を覗き込もうとして、ふと机の上に転がるものを見つけた。

(………なに?)

指でつまんで、日にかかげて見る。どうやら、花の形をしたバッチのようだ。
真ん中に細かい模様が見える。顔に近づけて、さらに見つめようとしたその時───

「……レイジ?」

背後から声をかけられ、飛び上がる。
素早く振り返ると、きちんとスーツを着た、眼鏡をかけた男の人がドアから顔を出していた。

「…君はレイジの友達かね?」

驚きのあまり、声がでない。代わりにぶんぶんと首を縦に振る。

「そうか…こんにちは、レイジの父です」

にこ、と目じりを下げて彼が言った。笑うと怖そうなイメージががらりと崩れる。
ほっとしてぼくも笑顔を返す。

「大事なものを忘れてしまってね…取りに帰ってきたんだが」

部屋に入り、その人が机の上を見回す。その瞬間、背中に冷たいものが走る。
ぼくの手の中に、バッチがある。もしかしてこれを探しているんじゃ───

数週間前の、あのことを思い出して身がすくんだ。
ぼくを疑う、みんなの目。哀れむような、先生の顔。

早く、言わなくては。これを差し出し、彼に渡さなくては…

(でも)

この人が、ぼくを信じてくれなかったら?

(ぼくが盗んだって思われたらどうしよう───

「…おかしいな…」

心臓の音が大きく聞こえる。言おうとすればするほど、喉に言葉が張り付く。何も言えない。

「君」

突然呼びかけられ、視線がぼくに向いた。驚いてぼくは、手のひらからバッチを落としてしまった。

───!!)

じゅうたんの上を、音もなく転がる金色のバッチ。彼の視線がそれを追い、そして再びぼくへと移動した。
顔が赤くなるのが、自分でもよくわかった。言葉が出ない代わりに、涙が目じりに浮かぶ。
彼の腕が上がる気配が感じられた。俯いたまま、思わず肩をすくめる。

「君が見つけてくれたんだな」

ぽん、と頭に軽く置かれる手のひら。顔を上げると、やさしく微笑んでいるその人がいた。
手のひらの優しさに押され、つい涙がこぼれてしまった。

「お父さん!」

とその時、背後から御剣の声が響く。

「どうしたの?さいばんは?」
「忘れ物を取りに戻ったんだ」

両手で涙をぬぐい、御剣たちを振り返る。(見るも珍しい)満面の笑みの御剣。
矢張はこのいきなりの対面に、緊張した表情で御剣親子を見ていた。

「忘れ物?」
「この子が見つけてくれたんだ、バッチをな」

背中をなでられ、思わず照れ笑いをする。

「お父さんはね、弁護士なんだよ」
「ベンゴシ?」

ぼくと矢張が声を合わせて問いかける。御剣は得意げに、腕を組んで頷く。

「そのバッチでベンゴシに変身するのか?」
「矢張…」
「そうだよ」

呆れ顔で突っ込もうとする御剣の言葉をさえぎり、父親がにっこりと笑う。
そして手元に置いてあった分厚い本を手に取り、バッチを掲げこう言った。

「この六法全書を使って、悪者からみんなを守るんだよ」
「すげー!!強そー!!」

矢張が興奮して叫ぶ。ぼくも何度も頷いて、感動の気持ちを彼に伝える。

「ぼくもベンゴシになるのだよ」

御剣はそう言って、父親を見上げた。

「俺もなる!」
「ぼくも!」

口々に叫ぶぼくたちを見て、御剣の父親はにっこり笑いながらこう付け加えた。

「でも、そのためにはこの本を全部読まなければならないんだよ」
「!」

その一言で、少年たちの士気が一気に下がる。

「俺…ミラクル仮面になるんだった」
「………ぼくも」
「……」

三人が静かになったのを見届けると、御剣の父親はあわただしく職場へと戻っていった。

「すげーな、お前の父親」
「当然だ」

二人の会話を聞きながら、ぼくはひとつ決心する。
もし、ミラクル仮面になれなかったら、ベンゴシになろう。
御剣のお父さんみたいに、たくさんの人を救えるように。
人を信じて、孤独な人の味方になれるよう。

「ミツルギ、読み終わったらぼくにも貸してね」

『ろっぽうぜんしょ』を指差して、御剣にそういうと彼は嬉しそうに笑って頷いた。

 

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・.

 

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信パパは子供をからかって喜んでいるんじゃないんです!
ちょっとしたお茶目のつもりで。
怖い写真ばかり、ハイネさんと言い争いしまくってる信さんですが、
すごく優しい人だったらいいなぁ。
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