はじめてのチュウ
目が、いつまでたっても閉じてくれない。
寝返りをする。もう何度目なのだろうか。ベッドの上、狭い場所で私は一人何度も姿勢を変える。
睡眠を手に入れるために部屋の明かりは全て消してある。しかし私の目はとうに夜に慣れていて、ただ薄暗い景色をそこに映している。
眠れない。早く寝なければ明日の仕事に差し支える。だが、目は一向に閉じる気配がなかった。
目を、無理に閉ざしてみる。
眠りを手に入れようとしてそれを試みたにもかかわらず、作り出した闇に浮かんできたのはあの男の姿。青いスーツで身を包み、私に笑いかけてきた。
眠れない原因はわかっている。そう、君のせいなのだ。
能天気に笑う、想像の中の彼に悪態をつく。
先程別れたばかりなのに。もう恋しくて会いたくなってしまっている自分がいる。
熱い。目を閉じていてもわかる。私の耳朶が、頬が。燃えている。
「ああ……」
思わす闇に声が漏れた。ああ、ついに。
喜びに胸が震える。そう、ついに。
私は、彼と。
数時間前、共に出かけた食事の帰り道に。
街頭すらない暗闇の中、私たちはそっと唇を寄せたのだった。
ただそれだけの行為に私の胸は躍った。自分の持つ感情の全てを、彼に与えてしまいたいと思うほどに。
間近で見た伏せたまつ毛。触れた吐息。唇に当てられた柔らかな感触。
反芻する記憶が私をまた喜ばせた。
なかなか眠れない焦りが、優しい、穏やかなものへと変わっていくのが自分でも不思議だった。
それは私の胸を浸すだけでなく、形となって溢れてきそうだった。
成人男性が涙を流すなど恥ずかしい。そう思った私は唇にぐっと力をこめた。
そしてまた、寝返りをする。
一人で煩悶して、馬鹿らしいと思う反面、私は幸せだった。
ああ、私は君に惚れている。