Last Love Letter


「真宵さま!」
呼び掛けられた声で、あたしは驚いて目を開いた。修験の間。今自分がいる場所は毎日毎日見慣れているものだった。それでもなぜか、思考がぼんやりとしていてなかなか現実に戻れない。
自分を覗きこんでいる人影の方向を向いた。そこには心配そうな顔であたしを見守るはみちゃんがいた。
彼女を見て初めてあたしは我に返れた。
「ごめんごめん。なんかぼーっとしちゃって」
「大丈夫ですか?真宵さま」
大丈夫大丈夫、と笑顔を作って立ち上がった。
修行の最中にぼんやりするなんて。あたしもまだまだなのだろう。はみちゃんはあたしを追って修験の間から出て来た。ちょっと前まではあたしの胸の下までにしかなかった身長は、今では肩を並べるほどになっている。とっくに成人して成長期を早々と終えたあたしに、はみちゃんが追いついてくるのはそう不思議じゃない。
───会ったらびっくりするだろうな。
ふいにそう思って顔がほころんだ。
彼と最後に会ったのはいつのことだろう。毎日毎日飽きもせず繰り返される修行に、それ以外の記憶は簡単に薄れていってしまう。
違う、薄れるのは会っていない空白の時間で。一緒に過ごした日々は今もこの胸に鮮やかな色を持って存在している。
指を折って数えてみた。あの事務所を出て行ってからまだそんなに経っていないと思っていたのに、数える指はすぐに片手では足りなくなってしまった。
七年───七年?もうそんなにも時間が流れているんだ。数えてみてびっくりした。
メールや電話でのやり取りは細々と続いていたけれど、直接会うことはしていない。
あたしは修行中の身で、昔よく言っていた『霊媒師のタマゴ』とは違う。昔みたいに事務所の副所長を兼任できるほど暇ではないのだ。里を下りることすら制限されている。だから、彼に会いに行くこともできなかった。
彼の方も色々あったみたいで、あたしのところまで来ることはできなかったみたいだった。
最近では七年前にできた娘とはまた別に、もう一人の息子を事務所に呼び込んだらしく、日々楽しくやっているという手紙が来ていた。相変わらず彼の周りには温かい人たちがいる。
それでも。それでもあたしは時々心配になった。
誰も見えないところで泣いたりしてないかな?と。
どんなに苦しくても悲しくても、それを一人で抱え込んでは無いと同じになる。苦悩をひた隠しにして一人で苦しむことは、とても苦しい。とても悲しい。涙は人に見られて初めて涙というものになるのだから。
あたしは七年前にそうやって救ってもらった。はみちゃんも救ってもらった。一人では抱えきれない悲しみを、一緒に分かち合うことでここまで来れたのだ。
「よし!」
勢いよく手のひらを顔の前で合わせる。鳴った音にはみちゃんが驚いて振り返った。
「はみちゃん!手紙書くよ!」
「どなたにですか?」
それには答えずに、あたしはにっこりと笑う。
「ラブレター、書きたいの」





短いけれど、思いのこもった手紙を封筒に入れて封をした。
里にひとつだけあるポストの前であたしは目を閉じる。ただ手紙を出すだけなのになぜかはみちゃんまでついて来て、あたしと並んで目を閉じた。
目を閉ざした薄明るい世界の中に彼の姿を思い浮かべて、祈る。

なるほどくんは、みんなに思われてるからなるほどくんなんだよ。
遠く離れたつもりでも、あたしもみんなも。
なるほどくんを思って毎日を過ごしているよ。会わない時でも、ずっとずっと。願っているよ。
大好きな人たちをもう二度と無くしませんように。たくさんの思いに囲まれて、もう二度と傷つくことがありませんように。

あたしの届かないなるほどくんへ。
愛のある日々を送れますようにと祈る。どうかあなたに。あなたに。
誰よりも幸せになってほしいあなたに、そう祈る。




チャットモンチーの曲が元ネタです
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