Last Love Letter


日本は今、夜中ぐらいだろう。電話での通話は諦めてメールを送ることにする。
メールは電話とは違い、相手の都合をあまり考えずに送ることが出来るから楽だ。
一方的に送信するだけだから相手の返信がない場合、無事に届いているかどうかを確認することは出来ないが。
自己満足とはわかっていたが、私は送信完了の画面に満足してベッドの上に身を横たえた。硬いスプリングが軋んで体重を受け止める。
軽いとは言えないが、適度に全身に圧し掛かる疲労感に薄い睡眠が訪れた。
このまま寝てしまおうか───
そんな考えが過ぎったが、私はすぐに思い直し上半身を起こした。アタッシュケースに詰め込んだままの書類を取り出し、ベッドとサイドテーブルの上に並べていく。
異国の言葉で綴られた法廷記録に目を通すのはそれだけで疲労感を増すが、逆に頭の芯が冴えていくようだった。検察官として己の求めるものが、そして己に求められるものがおぼろげながらも形作っていく気がする。一度見失いかけた検事としての道を、私は今になって見つけることができた。
それは、昔には考えられないことだった。
(elevator……shooting to death……)
自分と奇妙な縁のあった単語たちにふと目を細める。長年悪夢としてつきまとい私を苦しめていたそのものたちに微かな感慨のようなものを感じるが、それだけだった。今の私を揺るがすものではない。
過去は生きてく都合で形を変えてしまうものだ。
あんなに怖かったエレベータも、地震も。全く平気とはいえないが、日常生活に支障のない程度に回復することが出来た。全てを捨てたいと、自分を消してしまいたいと思い失踪までした過去も。今となってはこの場所へと来る足がかりになっていた。
マイナスを全てプラスへと変える。そんなきっかけを与えたのは一人の男だった。
今ではもういない───法曹界にはいない、弁護士。
紙をめくる指が止まる。傍らに置いてあった携帯電話をまた手に取った。受信メールは無い。
さして驚くことでもなかった。こうしてメールを送っても、電話を掛け通話を試みようとも。
彼に繋がることは一度も無かった。彼が自らの不注意で起こした事件に巻き込まれたあの日から、ずっと。
それでも私はメールを送り、電話を掛け続けた。メールは送信先不明で返ってくることはなかったし、電話は毎回コールした。それでも彼に繋がらないということは彼が故意に私との関わりを避けているということなのだろう。
七年前まで彼の助手を務め、今でも交流のある彼女に聞いたことがある。
彼は、私の知らないところで傷ついているのだろうか?
そして、私のすることが彼を傷つけてはいないだろうか?
切羽詰った質問に彼女はゆっくりと首を振った。ううん、違うよ、御剣検事。彼女が首を振ると、さらりと長い黒髪が共に揺れる。
───たぶん、怖いんだと思う。自分のしたことでああなって、それを御剣検事に責められることが。
「そんなわけ、ないだろう……」
ぽつりと否定の言葉が落ちた。
途中までまとめた法廷記録を雑に重ねていった。アタッシュケースにそのまま詰め、取り出したのは分厚い手帳。
後ろの方のメモの部分から一枚破りペンを走らせる。
私の手が綴るのは、遠く離れる彼へのメッセージだ。返事の無いメールを投げ付けることではもう、満足できない。
何の他愛も無い文章の端々に彼への思いが溢れる。
書き終え、それを自分で読み。まるでラブレターだなと一人で笑った。





短いけれど、思いのこもった手紙を封筒に入れて封をした。
明日にでもホテルのフロントに持っていこうと決め、再度ベッドの上に横たわる。疲労が限界を迎えていた。
今回は抗いようの無いまるで魔法のような睡魔が私を襲い、眠りの世界へと引っ張り込まれる。
目を閉ざした薄明るい世界の中に思い浮かんだのは、彼の姿。思わず私はその幻に手を伸ばしていた。


光。希望。信じること。
私には無遠慮にそれを押し付けたくせに、自分は受け取らないというのか?
そんな身勝手は許されないだろう。
それに、そういう君を現実に作り出したのは君の所為に寄るものだ。
君が私を、真宵くんを信じたからこそ君は力を手に入れ、何度でも奇跡的な勝利を収めることができた。信じる心が真実を引き寄せたのだ。
君は人に愛されてこそ始めて君になる。
そして君は、人を信じてこそ成歩堂龍一となることができる。
私は君を信じている。君があのようなことをする人間ではないと。私は君を信じている。いつか、その不名誉を払拭することを。

青いスーツを身に着け、高らかに異議を唱える法廷の成歩堂にそう言い放った。

私の届かぬ君へ。
いつか、栄光の結末を迎えられるようにと祈る。どうか君に。君に。
誰よりも幸せになってほしい君に、そう祈る。



チャットモンチーの曲が元ネタです
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