近距離恋愛
とにかく時間がないのだ。二人きりでゆったりと過ごす時間が。
私は夜に眠り彼は昼に眠る。それが最近の二人の生活サイクルだった。
弁護士を辞め店でピアニストとして働く彼と、検事として法廷に立つ私。
おまけに彼には中学生の娘がいる。
なかなか二人で過ごす時間がなく、最近の私は訳もなく焦れていた。
◆
「御剣検事、来週の休暇はどうするッスか?」
昼下がりの執務室。
拭き掃除の手を止め、呑気な様子でそう尋ねてくる刑事に私は無言で視線のみを返す。
巨体を震わせた彼はまた黙々と手を動かし始めた。
行きたいところならたくさんある。最近見つけたレストラン。景色の綺麗な海沿いの公園。少し遠出して温泉にゆっくり浸かるのもいいだろう。
だが、私が休みでも彼は休みではない。それならば休暇などいらないのだ。とはいっても決められている有給を消費しなければならない。
机の上にある携帯電話を一瞥した。
鳴らない電話も、返信のないメール機能も。
彼に繋がることができなければ今の私にはどれも必要がないのだ。
◆
『今日、夕方に少し会えないかな』
彼の申し出により、私はやっと手に入れたのだった。
二人の時間が重なるほんの少しの時間を。
◆
互いにキスを与え、一呼吸おいてもう一度改めてキスをした。
湿った唇に当たる息も、頬を優しく滑る視線も。髭の残るざらりとした顎すら愛しくて、私は両腕の力をほんの少しでも緩めてしまうのが嫌だった。
抱き締め合いつつ、ぽつりぽつりと交わす会話はこれといった話題もなくとても退屈なものだった。
しかしそれだけで心は満たされていく。
「今夜は、仕事か?」
「うん。当たり前じゃないか」
笑いながら私の腕の中から逃れていく彼を、無表情で見送ったつもりだった。
相手は目ざとくそれに気が付いたようだ。浮かべていた笑いを更に緩める。
「今、ぼくが何を考えてるかわかる?」
突然の問い掛けを、肩を竦めて流した。彼はもう一度私の腕の中に戻ってきて、唇のすぐ側でこう囁いた。
「君の事を考えてるよ」
また与えられる優しいキス。
今度は私の右の耳にキスを与えながら彼は囁き続ける。
「店にいても、ぼくは君を思い出すから」
どこにいても、一人でいても。
君を思い出せば、孤独はどこか遠くに行ってしまうんだよ。
どこまでも優しい囁きを、私は目を閉じて聞いていた。
◆
私が海外へ研修に行っていた時は遠距離という障害が確かに存在していた。
が、今の私たちはこんなにも近くにいるのにいまだすれ違いの生活を続けている。
こんな生活はいつまで続くのだろうか?
忙しい生活の間を縫って作る逢瀬には、別れの時間はすぐに来る。
それはとても淋しいものだが、この短い時間があるからこそ私たちは再び笑い合い、手を振り別れる余裕が出来るのだろう。
彼は最後、手を振って私を見送った。
その笑顔を見て思う。
世界中のどこにいても私はその笑顔を思い出せる。
だから私は、孤独な夜を過ごす事などもう二度とないのだろう。
GO!GO!7188の曲が元ネタです
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