10.薬指にキス
「参観会?」
「そう。参観会」
それに対する返事のつもりなのか、御剣は軽くぼくの唇を吸う。
そしてぼくの身体の上から移動した。
御剣がごろりとベッドに横になるのを横目で追ってからぼくは会話を再開させた。
「みぬきの学校行事には全部参加してあげたいんだけど。目立つんだよね。一人で行くと」
「父親が行っても不思議ではないだろう」
「まあそうだけど。周りに比べると若いし、いつも男一人だしね」
「その髭が悪いのだろう」
「いやいや、さすがに剃って行くよ」
苦笑しながら昔よりも少し短くなった前髪を指で触る。
これと眼鏡がなければ御剣は昔の御剣だ。
眼鏡だって別に視力が落ちたわけでもなく、若くして役職についたので周りに舐められないようにかけ始めたらしい。
そう言ったら君こそ髭とニット帽がなければ昔と全く変わらない、と言われた。
「では、私が一緒に行こうではないか」
驚いて隣に横たわる御剣の顔を見た。
ぼくと目が合うと御剣は唇の端を持ち上げる。
みぬきは喜ぶだろうけど参観会なんて御剣が来て楽しいもんじゃないだろう。
そもそも、そんな場に来るということがどういう意味かわかってるのか。
御剣はみぬきの父親ではなく父親であるぼくの恋人だ。みぬきとの関係はない。
端的にいってしまえば、ぼくが背負うものを御剣まで背負うことはないのだ。
「男二人で行ったら余計おかしいだろ」
動揺を隠しつついつものように突っ込むと、御剣は唇を更に歪めて微笑みを作った。
「あのオデコくんや真宵くんたちもついてくるかもしれないな」
「何の集団だよそれ」
授業を受けるみぬきを見守るために、元弁護士や弁護士や検事や霊媒師たちが教室の半分を占拠する様子を思い浮かべ、笑ってしまった。
「そういう意味か……」
「ム?」
「いや、何でもない」
笑いが治まる寸前に、ぽつりと独り言が漏れた。
問い掛けてきた御剣に首を振って答える。
ぼく一人が色々考えすぎて恥ずかしかったのだ。
参観会に一緒に行くなんて言うから。そんな、みぬきの父親みたいな真似。
ぼくの人生に御剣を巻き込むつもりなんてない。
でも自分から巻き込まれるようなこと、言い出すから───
「成歩堂」
御剣の手がぼくの左手をとった。
驚いてそちらを見ると御剣がこれ以上ないくらいかっこつけた顔で微笑みかけてきた。
そして、薬指にキスを落とした。