06.指切りの代わりにキス
「次はどこ?」
「アメリカだ」
「また?」
「またとはなんだ。君は一度も行ったことがないだろう」
「ないけどさ。もうちょっと、ハワイとかパリとかイタリアとか」
「……私は研修のために行くのであって、君の行きたい国を巡るわけではないのだが」
わかってるよそんなの、と口の中だけで言い返した。
いつものくだらない会話。
そんなものでも、この時間ではとても貴重なことに思える。
それもそのはずだ。
相手の御剣は今から飛行機に乗ろうとしている。日本を離れてしまうのだ。
例の、何度目かの研修によって。
「ぼくが気にしてるのはお前の行き先じゃなくて土産の話だよ」
「そうか」
あっさりと流されて少し腹が立った。
すでに日本ではなく旅立つ国に思いを馳せているのか、窓ガラスの向こうを飛ぶジェット機を見つめる御剣に向かって一気にまくし立てる。
「土産がないと真宵ちゃん怒るぞ。絶対買って、事務所に持ってこいよ。送ったりしたら、真宵ちゃん偽物だって大騒ぎするから」
嘘と本当を混ぜた台詞。
御剣からの土産が無いと、真宵ちゃんが怒るのは本当。
嘘なのは、送ると偽物だって大騒ぎするということ。
ぼくが約束させたいのは御剣が帰ってきてまた事務所を訪れるということ。
でも恥ずかしくてそんなことは言えないから、助手を使って言い訳をする。
また、自分の元に必ず帰って来て。
そんなこと、絶対に言えないから。
「そろそろ時間だな」
御剣が呟いて立ち上がった。
そのまますたすたとゲートまで歩いていくから、ぼくも慌てて立ち上がった。
御剣の、椅子の上に置き去りにされた荷物を持って追い掛ける。
航空券を持つ者しか入ることが出来ないゲートの前で御剣は立ち止まり、振り返った。
そして、どこまでも偉そうな顔で右手を差し出してくる。
ぼくを荷物持ちにしか思ってない様子に余計と腹が立った。
しばらく会えないから、わざわざ見送りに来たのに。
何だか悔しくなって、手に持っていた荷物を押し付けるようにして渡した。
その手が離れる前に、強く掴まれて。
ぼくは思わず呆然としてしまった。
掴んだ手のひらの上に軽くキスを落とした御剣は、そんなぼくと目が合うとゆっくりと微笑んでみせた。
「約束する」
なんだよそれ。
指切りのつもりか?
それにしても普通、人前でするか?こんなこと。
色々と言いたいことはあった。
けど、動揺したぼくはひとつも言葉にできない。
御剣は最後にまた連絡する、といつもの口調で言うとさっさとゲートの向こうに消えていってしまった。
一人残されたぼくはしばらくその場に立って、御剣を見送っていた。
手のひらに軽く落とされたキスの感触に、いつか訪れる再会を確信しながら。