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2016年12月25日 成歩堂法律事務所




 冬空は驚くほどに晴れ渡っている。青というよりは白に近い空をぼくは窓から見上げていた。
 ゆっくりと顎を下していく。すると、対面するホテルの窓が視界に入ってきた。目を凝らしてみる。今は誰も利用していないようだった。最も、双方にカーテンとブラインドがあれば中の様子を見ることなど不可能なのだけれど。
 あの……千尋さんの命が奪われた事件に目撃者がいたのは、元々犯人たちがわざとそういう状況を作り出しただけなのだ。こちらの日常が容易に覗かれるなんて、そんなことはないはずだった。
 それでも。
 ブラインドを勢いよく下した。遮断された景色に安堵する。
 あいつがここに来たのは五日ほど前のことだった。そろそろまた来る頃だろう。ぼくを抱くために。
 最後に会った日のことを思い出した。ほとんど色のない顔で、よくわからないことを呟く御剣の。あの時に感じた嫌な予感は今でもまだ残っている。その予感が予感のまま終わることを願っているのに、この漠然とした不安に四六時中苛まれるのならば、早く何かが起きてほしい───そんな身勝手なことを考えてしまう。
 唇に触れる。御剣の唇が、舌が、そうしたように。
 考え起こせば、キスをしたのは初めてのことだった。キスというよりは強引に唇に唇をぶつけられたと言った方が正確かもしれない。
『最後だ』
『全て、終わりだ』
 どういう意味だったのだろう。いくら考えても答えはわからなかった。
 あれは、いつものと違う。そんな風に心が呟いたことに自分でも驚いた。あの時の御剣は何かに恐怖していた。怖がっていた。怖くて怖くて、タイミングよく現れた自分の身に縋ってしまった。ぼくはあの時の御剣の行動をそんな風に捉えていた。それほどまでにあの時の御剣は切羽詰っていたように見えたのだ。
 トントンとドアを軽くノックされ、ぼくは窓から身体を離した。所長室の扉が開き真宵ちゃんの笑顔が覗く。
「ね。ね。なるほどくん。このあたりに、滝ないかな、滝」
「タキ……?どうするんだ、そんなの?」
 真宵ちゃんはぼくの側まで来るとにこにこと頷く。
「なに言ってるの、なるほどくん。滝って言ったら打たれるに決まってるでしょ?」
「そういえば真宵ちゃんは修行中の身なんだっけ」
 笑ってたかと思えば今度は少し呆れたような顔をする。くるくると変わる表情、妙な格好に子供っぽい発言。ぼくはそれに動じることもなく会話に付き合うことができた。
 姉に似ているところが少ない彼女の空気に、最初の内は戸惑った。でも最近では色々と話すようになった。出会いが出会いだけれど、逆にあの事件を共に越したことで彼女との絆のような連帯感が生まれたのかもしれない。
 所長の妹である真宵ちゃんと二人で引き継いだ事務所を開けるのにも慣れた頃だった。
 あの事件が起こったのは。






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