───あ。やっぱりまつ毛も短い、なんて。
「……ん……」
御剣の瞳を縁取る毛に気をとられている間に、熱い舌が唇に触れた。ぼくは思わず声を漏らす。
その声を飲み込むように御剣が自分の唇を被せてきた。
ほんの少しだけ唇を半開きにしてそれを向かい入れる形にすると、御剣の舌はするりとぼくの口内へと入り込んだ。
そのまま舌を絡ませあい、お互いを貪りあう。唾液にアルコールの苦味を微かに感じて、ぼくは眉を寄せた。
ああ、でもきっと彼と同じくらいにぼくのものも苦いんだろう。
ふいに、舌がぼくの口内から退いた。閉じていた目をうっすらと開くと、短い眉毛の下にある目がぼくを捕らえていた。
そして御剣は真剣な顔を作りぼくにこう聞く。
「成歩堂…本当に、いいのだろうか」
一瞬、何を言われたのか本気で理解できなかった。ぼくは動きの鈍い頭を使って、今の状況を整理してみた。
二人きりで、御剣の部屋で、ベッドの上で。しかもぼくの身体の上には御剣自身がいて。
これはもしかしなくとも、そういう状況なんだろう。
……この後に起こる出来事は、酔ってぼんやりとした頭でも容易に想像できた。
こうなることを予想して御剣の後を追いかけていたわけじゃないんだけど。
でも、だからと言ってこの状況が好ましくないというわけじゃない。
数秒間の沈黙の間に御剣の表情がどんどん歪んでいく。
それに気がついたぼくは慌てて頭だけ持ち上げ、御剣の目元にキスをした。
驚いた御剣の首に両腕を回しろれつの回らない舌を動かして、ぼくはようやく答えた。
「本当に、いいよ」
男とするなんて初めてだし、どんな感じなのかもまったく想像もつかないけれど。
何度も開いてしまった二人の距離を、全部縮めたい。
ぼくはただ、それだけを望んでいたんだ。長い間、それだけをずっとずっと。
「成歩堂」
首筋に御剣の唇が触れた。すぐ離れる。そしてまた、触れる。離れる。もう一回、もう一回。
その動作を繰り返しつつ御剣の身体はだんだんと下の方に移動していく。
何かを確かめるように転々と触れては、すぐに離れる浅い口付け。
それを裸の胸にたくさん受けて、ぼくは何とも言えない気持ちでいっぱいになった。
両足の間に御剣の身体を挟み、ぼくは感慨に耽る。
あの小生意気な小学生だった御剣が、鬼検事に黒い疑惑なんてアオリで新聞に載っていた御剣が、
ぼくや真宵ちゃんを有罪に陥れようとした御剣が、挙句の果てには自分まで有罪にされかけ、
それでもぼくを頑なに拒絶し続けた御剣が、そしてお礼の言葉さえうまく言えない御剣が。
その後わけもわからないまま失踪されて、いつのまにか戻ってきて。
そして、堂々と正面の検事席に立っていた御剣が、今こうしてぼくの唇に触れている。
閉じた瞳にじんわりと水の膜が出来てきたのがわかった。……やばい。
(───泣きそう)
自分でも忘れてたけど、ぼくは涙が出やすい男なんだった。
法廷で何回も大泣きし、大勢の人に失笑されたことだってある。
すべて衣服が取り払われたかわりに御剣の身体が覆いかぶさってきた。内ももに熱い手のひらが当てられ、
開くように促される。羞恥心も恐怖心も、全部が余計なものに思えた。今はただ御剣が欲しい。
「ッ!…いたッ…う、…っ」
そういう気持ちはあるものの、元々は何かを受け入れる場所ではなくて。
指で舌で何度も触れられて潤ってても、痛みはなくならなかった。御剣の欲望が押し当てられ、
ぼくに向かって少しずつ進んでいくだけで激しい痛みで声が漏れる。それでもぼくは唇を噛みそれに耐え
御剣のものを全部飲み込もうと両足をもっと開く。縋るように御剣の腕を掴んだ手が汗で滑ってしまって、焦る。
「成歩堂」
「なに」
ふいに名を呼ばれ、ぼくは掠れた声で答えた。
「痛いのか…?」
おそるおそる御剣はそう問い掛けてきた。
首を振ると、目の縁にたまっていた涙が筋になって頬に落ちていった。
「い、痛いのは痛いけど……でもそうじゃなくて」
御剣が腰を進める度、ぼくの目から涙が溢れる。ぼくはぎこちなく口を開き、言葉でそれを否定した。
その間にも御剣の熱い杭がじりじりと侵入してきていて、ものすごい圧迫感にぼくは言葉を一度切った。
息を吸い込もうと微かに唇を開いた時。
入りかけていた御剣のものが、抵抗を無視して全部ぼくの中に押し込まれた。
「あ…ッ!」
あまりの衝撃に声を抑えることができなかった。
ぎゅっときつく目を閉じると、また新しい涙が頬を落ちていく感触があった。
なだめる様に御剣の唇が優しく頬に触れる。でもそれは逆効果にしかならなくて、次々と新しいものが溢れてく。
困惑したような御剣の様子が伝わってきた。
「ム。……成歩堂」
「いい、から……動いてくれ」
それはほぼ、言葉になっていなかったんだけど。
目を瞑ったままぼくは必死に意思を伝えようと頷いてみせる。
御剣はちゃんと理解したようで、ぼくの肩を掴んでいた手に力が込められたのがわかった。
そして少しの沈黙の後。
「…っ、あ、……んッ!」
御剣の身体が動き出した。
引き裂かれるような痛み、全身が壊れそうなくらいにぶつけられる御剣の身体と欲望。
遠慮がちだった動きは徐々に激しさを増し、開いた口からは喘ぎとも悲鳴ともつかない声が
次々と零れ落ちていく。
涙も止めることもできなくて、混乱したぼくは泣きながら御剣を受け入れていた。
「成歩堂」
突然、吐息まじりの囁きが耳に触れ、びくりと身体が震えた。
そうしてぼくはやっと閉じていた目を開く。たくさん流した涙で視界がふやけてる。
そのせいで、すごく近くにある御剣の顔すらぼやけて見えた。
眉を寄せてぼくを見つめる御剣は、見たこともない雄の顔をしていて思わず心臓が跳ね上がる。
御剣はどこかうっとりとした、でもちょっとだけ困ったような顔でぼくに言った。
「あまり泣かないでくれ。…ものすごく酷い事をしているような気分になる」
目尻に軽く口付けをされ、くすぐったさに身が疎む。ぼくが微かに笑ったのを見て御剣はほっと表情を緩めた。
ぼくは額に汗を浮かべつつ、さらに唇を動かして御剣に微笑んでみせた。
そしてぽつりと告げる。
「……嬉しくて泣いてるんだよ」
その言葉に虚を衝かれて御剣が目を丸くした。
ぼくは手を伸ばして御剣の背中に回す。そして思い切り抱きしめた。
乾いた唇を御剣の肩にすり寄せ、とても小さな声で囁く。
「御剣。───御剣、好き」
「!」
御剣、とまた呟いたぼくの唇に御剣の唇が降ってきた。そしてまた、動き出す。
激しく身体を揺すり動かされ喘いだ唇に重なる、御剣の唇。そして絡まる舌と舌。
足を開いて、自分のもっと中に御剣を呼び込む。
最奥に向かって何度も何度も突き立てられる、熱いもの。御剣のもの。
ぼくは背中にしがみつくようにして、ぎゅっときつく御剣の身体を抱く。
涙で汚れた自分の頬を肌に擦りつけ、必死に喘ぎながら。奴との距離を全て無くすように。
全身で感じる御剣の存在。全部無くなる、ぼくと御剣の距離。
「成歩堂…っ」
達する前、御剣はぼくの名前を呼びながらぼくをぎゅっと抱きしめた。
きつくきつく、抱きしめられたぼくの息が苦しくなるほど。
────ああ、君もぼくが欲しかったんだ。
そう思うとまた、涙が出てきた。
:
:
:
「御剣」
照れくさいのか、行為の後ずっと御剣はぼくに背中を向けていた。
その白い背中に呼び掛けると、うム、と小さな声が返ってきた。
「……早いよ」
「!!!!」
そう言葉を続けると、御剣はものすごい形相でぼくを振り返った。
ぼくは身体をうつ伏せにし、枕を脇の間に挟んだ格好で声を出して笑う。
「き、貴様…!」
「冗談、冗談。別に普通なんじゃないか?」
御剣の拳がぶるぶる震えてるのを見て、ぼくは逃れる為に身体を反転させようとした。
でもその瞬間に、ものすごい痛みが下半身を駆け抜けていき顔が引きつる。
御剣の手のひらが伸びてきてぼくの裸の肩を掴んだ。思わず身体が硬くなる。
けれども御剣の手はそのままするりと滑り、ぼくの背中に回された。
ぼくを腕の中に抱き込むようにして御剣はぽつりと呟く。
緊張した、君が相手だから。
耳元でそう囁かれてぼくは一瞬、目を丸くした。
顔をずらして視線をぶつけると、相手は素早く外してしまった。顔だけじゃなく、耳まで真っ赤にして。
ぼくは笑い、顔を上げて御剣の頬に軽いキスをした。
驚いてこちらを振り返った御剣の唇を掠め取るようにして奪う。
閉じていた目を開けると、御剣はすごく優しい顔をしてぼくを見つめていた。
温かい手のひらが頬に触れる。
そして再び、彼とぼくの距離は全部無くなった。
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