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某月某日 某時刻 御剣怜侍の自宅

「……待ちたまえ」

低い声に振り返ると、眉間のシワに自分の指を当てて俯く御剣がいた。
ぼくは脱ぎかけていた靴を取り払うために片足を思い切り振る。
ばたばたと盛大な音を立てて汚れた靴が玄関に転がった。
その靴と御剣を玄関に置いたままぼくは部屋の中へと声を張り上げた。

「おい矢張、ぼくより先に入るなよ!」
「うるせーなぁ……お!さっすが御剣、いい部屋じゃねえか!」

ぼくよりも先に中へと踏み込んだ矢張はオーバーに驚くと興味津々という風に辺りを見回し、
ひょろひょろと細い足で部屋中を探索し始めた。
ぼくはというとなぜか暑くて堪らなくなって、床にしゃがみこんで靴下を脱ぎ始めた。

「別にいい部屋ではない!普通の部屋だ!」

いきなり吠えるように叫ばれ、ぼくは手を止めて目を丸くした。

「いや、問題はそういうことではないのだ……」

法廷以外の場所で御剣がこんなにも取り乱すなんて珍しい。
ぼくは馬鹿みたいに口を開いたまま御剣が苦悩する様を観察していた。

突然転校し、音信不通になった御剣と再会してから。
十五年越しの友情がめでたく復活したぼくたちが、こうして揃って酒を飲みに行くのは今日が初めてのことではなかった。
ノリのよい矢張がぼくを煽って、それにぼくが乗っかって、二人揃って大騒ぎするのを御剣が窘める。
年恰好は三人それぞれ成長したものの、流れる時間と会話の雰囲気は幼い頃と何一つ変わらなかった。
しかし、酒というその頃にはなかったものを手に入れたぼくと矢張は、御剣の限界をあっさりと超えてしまっていたようだ。
金のないぼくたちに代わってスポンサーという役回りを果たした御剣は、終電をなくしたぼくたちを放置して
一人タクシーに乗り込もうとした。
それに強引についていき、狭い後部座席に三人で並んで揺られて御剣の自宅に到着し、
主より先に矢張とぼくが部屋の中に踏み込んだとき───ついに御剣は切れたようだった。

「貴様らは私の自宅を何だと思っているのだ!」

毛の逆立った猫みたいに御剣は吠えた。
フローリングの床にごろんと寝転び視線を上げると、トイレのドアを開けていた矢張と目が合った。
お互いに無言のまま、しばらく見つめ合った後。

「金のかからないホテルだろ」
「しょーがねぇだろ。男三人じゃラブホにも行けねえしな」

御剣に視線を戻し、ぼくと矢張はほぼ同時にそう返した。
彼の片眉がぴくぴくと引き攣ったように動いているのは気のせいではないだろう。
御剣は何かを言おうとしたけれど、冷蔵庫を物色しようとキッチンに向かう矢張に気付くと後を慌てて追いかける。
ぼくがリモコンに手を伸ばしてテレビをつけると、襟首を掴まれた矢張が御剣と共にテレビの前までやってきた。

「タクシーで帰ればいいだろう」

ため息混じりに漏らされた御剣の言葉にぼくと矢張は顔を見合わせる。
そして数秒後に御剣をまた見上げて。

「今月、依頼人がほんと来なくてさ……」
「金かかるんだわ、今のカノジョ」

御剣はぼくと矢張の答えに一瞬言葉を詰まらせる。そして大きく息を吸い込んだ。
その勢いのまま怒鳴られるかと思ったけど、御剣は吸い込んだ息を全てため息として吐き出してしまった。

「オレ、枕ないと寝れねーんだよな。というわけでベッド借りるな、御剣!」
「ぼくはソファでいいや。事務所のソファより大きいからよく眠れそうだよ」

前髪を顔の横に垂らし、青白い顔で唇をぶるぶると震わせる鬼検事の様子を見たら、子供は泣き叫び
イトノコさんはその大きな身体を地面に平伏せさせるだろう。
けれども酒で勢いづいていたぼくたちがそれに気付くわけがなかった。
矢張は軽い口笛を吹きながら、まるで自分の家のように寝室のドアを開きその中に消えていった。

「御剣、暖房つけてもいいか?」

リモコンを持って振り返る。御剣は何も反応を返さなかった。
ぼくはそれを肯定と受け取り暖房をつけ、最高の温度まで上げた。
わずかに開いた引き戸から矢張のいびきが早くも聞こえる。
寝つきのいいヤツだな、と感心しつつぼくは革張りのソファに身を沈めた。

「んじゃあ明日は八時に起こして……」

目を閉じ、首元に右手を運びネクタイを外そうとしたその時。
ぼくの指が解くよりも早く、御剣の手がネクタイを掴む。そのまま襟ぐりを掴まれて強引にキスされた。
突然のことに驚いて目を見開いたぼくの顔を御剣の両手が包む。
舌と唾液が容赦なく送り込まれる。苦い味。
シャツに手がかかったと思ったらそのまま乱暴に引っ張られた。
少しこもった音が耳に届き、ボタンが引き千切られたと思うと一気に服を剥かれて肌を露出させられた。

「なっ、…!」

あまりの仕打ちに驚きで声が出ない。シャツを破るなんて馬鹿力にも程がある。
思い切り睨み付けてやった視線に御剣は一言だけ返した。不穏な笑みをにやりと口元に浮かべて。

「宿代はもらう」

その時、ぼくはやっと正気に戻った。
御剣は怒っていた。怒りを越した激怒の感情は表情に浮かぶだけでは収まらず、まるでオーラのように
御剣の全身を包み込んでいた。なのに口元は微笑によって緩く結ばれたままだ。
その尋常でない様子に全身の血の温度がすぅっと下がっていくのを感じた。
血の気が引くってこういうことなんだろうか。怖い、鬼、食われる───
感じたままの言葉が脳裏に次々と浮かんで、ぼくは恐怖に竦んだまま何も言うことが出来なかった。

「おとなしくしていろ」

御剣の低い声が耳に触れて、思わず目を閉じてしまった。
そのまま強く抱きしめられる。首筋を舐められきつく吸われて、ぼくは我に返った。

───
まさか、コイツ、今からする気か!?

ようやく御剣の意図に気がついたぼくは、滅茶苦茶に暴れて首元に引っ付いている御剣をどうにか引き離した。
声を潜めて抗議する。

「き、聞かれたらどうするんだよ…!」
「存分に聞かせてやればいい。君の喘ぎ声はとても可愛らしいからな」

── はぁぁ?

あまりに驚きすぎて言葉が音にならなかった。御剣はそんなぼくの顔を見て愉快そうに笑う。
まるでこの状況を心底楽しんでいるような、とても意地の悪い顔で。
そうしてぼくはようやく思い出したのだ。
御剣もぼくたちと同様に酒を煽っていたことを。御剣もぼくたちと同様に、酒によって平常心を失っていることも。
引き裂かれたシャツの隙間から御剣が舌を差し入れてきた。
鎖骨をべろりと舐められて、ぞっとした感覚が背筋を襲う。
上擦った声で、それでも声量は抑えたままぼくは怒鳴った。

「待て、…って!宿代って……矢張はどうなるんだよ!」
「日雇いの警備員から金をせびるほど私は鬼ではないぞ」

隣で人が寝てるのにもかかわらずしようとする奴は鬼じゃないのか、と突っ込みたかったけど
そんな余裕を御剣はぼくに与えてくれなかった。攻撃から逃れようとぼくが動き回る度に、ぎしぎしとソファが鳴る。
その、決して小さいとも言えない音に躊躇して一瞬だけ身体の動きを止めてしまった。
わずかな隙に御剣の身体が圧し掛かってくる。

「バカ……っ!」

声を張り上げて怒鳴りつけようとしたけれど、矢張が起きるのが怖くてできなかった。
その代わりに口を閉じて思い切り睨みつける。御剣はぼくのその視線にムカつく笑みを返してきた。
そのまま上下する胸へと指を滑らせ始める。そして御剣は舌を出してぼくの裸の胸を攻め始めた。
敏感な部分を口内に含まれて、その甘い刺激にぼくは身を捩じらせる。

「ふっ……」

声は出ないものの、荒い息はどうしても隙間から漏れてしまう。
御剣はどこか楽しそうだ。余裕があったら絶対一発は殴ってる。
こうやって抵抗することが奴を煽ってることくらいわかるんだけど、だからといって受け入れることなんて出来ない。
結果、ぼくは唇を噛みしめてあられもない声を上げることを必死に堪えるしかなくなるのだ。
右手で自分の口を覆い、さらに首を横に捻じ曲げて手のひらに思い切り噛み付く。
痛い、痛いけれど仕方がない。
ぼくの胸に顔を埋めたまま御剣は右手を下げる。

───ッ!」

引き離す間もなく立ち上がりかけていた中心を握られ、声を上げそうになる。
それを寸前のところで耐えてぼくは自分の胸元で踊る色の薄く細い髪を睨みつけた。
抵抗することを決意したのにもかかわらず、あっさりと陥落してしまうぼくの身体も相当たちが悪い。
御剣の指はぼくの弱い部分を執拗に辿り、御剣の舌はぼくの感じる部分を徹底的に舐め上げる。
奴はぼくの身体をよく知っていた。いや、知ったのではなく御剣用に馴染まされたというか……
いやいやいや、どっちにしろ恥ずかしいことには変わりはない。

ふいに御剣の身体が離れた。
視線をゆっくりと動かすと、御剣がどこかを探ってローションを取り出すのが見えた。
御剣は片手で乱暴に、けれども器用に蓋を捻り手のひらにそれを零す。

「つめたっ…!」

いきなり冷たい液体が塗りつけられて思わず悲鳴を上げてしまった。押さえていた手が外れる。

「我慢しろ」

言葉と共に埋め込まれる何か。御剣の中指。
くぷ、という情けない音が耳に届いてそれが自分の後ろから聞こえてきたことに気付く。恥ずかしい。
顔を左右に振り、その羞恥から逃れようとしたら。

「あッ」

中に入った指が動くのがわかった。
頑なに、閉じようと抵抗する肉を押して掻き分けて御剣の指はぼくを犯した。
強い圧迫感と乱暴な動きと。全てが御剣によって壊されたぼくは、唇を閉じて声を耐えることしかできなかった。
御剣はそんなぼくを見て酒臭くて荒い息を吐き出して笑う。

───んッ」

さらに圧迫されて、ぼくは詰まった声を発した。
二本目。見えていないのにどうしてわかってしまうんだろう。
それが、中に受け入れるということに慣らされた証拠だと思うとただただ恥ずかしくて堪らなかった。
でも、狭い肉の中で無理に踊る他人の指に違和感を感じたのも最初のうちだった。

「あ、あ……」

湧き上がるような、もどかしいような。身体の底の方から這い上がる快感に理性を失いかけた。
寸前でぼくは奥歯を噛みしめて堪える。───駄目だ、駄目なんだ、今は。
息を吐く仕草と共に首を曲げ、横目で矢張が寝ているだろう部屋を伺う。
姿は見えない。寝息も聞こえない。
けれど、確かに、そこにいる。

「ッ!」

びくんと身体が揺れた。御剣がぼくの考えを読み取ったのか、乱暴に中を引っかいた。

「何を考えている?他の男の事か」

ふざけるなよ、といつもなら言い返すのに。ぼくは唇を噛んで奴を睨みつけた。
御剣はにやりと笑って挿入させた指を中でぐるりと回す。
空気と液体が合わさる音を恥ずかしげもなく響かせた後、ゆっくりと引き抜いた。
散々内部から身体を刺激されて、ぐったりとソファに身を預けるぼくに御剣が圧し掛かる。
手のひらで両足の内腿を押される。御剣の前に全てを開かされてしまう。
ぼくは浅い呼吸を繰り返しながらゴムをつける御剣の姿を見上げた。
御剣はぼくの視線に気が付くと薄い笑いを返してきた。

─── ああ。駄目だ、ぼくも酔ってる。

息を吐きながらぼくはあきらめを悟る。もはや抵抗出来ない、口で汚く罵ることすらも。
しびれるような快感はもうすでにぼくの全身を支配していて、もっと違う何かを欲しがっているのは
ぼくの下半身を見れば明らかなことだった。

矢張が同じ家の中にいるのに。

こんな所を見られたら。

「は、ッ、…ぁ!」

大きい。
自分の上げた声が思いのほか大きい事に驚いたぼくは、慌てて呼吸を止める。
御剣はゆっくりと、けれども動きは一度も止めずにぼくの中に入ってきた。
敏感な部分の肌と肌が触れ合って、お互いに擦って、擦られて。
焦らすようなその動きに意識が薄まっていく。背が仰け反る。

駄目だ、駄目だ駄目だだめだ───

頭の中で必死に命令を繰り返す。駄目なんだ、このまま全部流されては。
だって、今この場所には矢張が。

「出さないのか……?」

堪えるようにきつく目を閉じていたぼくは、ふいに聞こえたものすごく近い御剣の囁きにびくりと身体を震わせた。
その動きと相成って下半身にも力が入り、咥え込んでいたものを一層締め付けた。

「ん───…ッ!」

狭いそこいっぱいに入っていたものは体積を減らすことなく、絶えずぼくの中で主張を繰り返す。
何か言う余裕なんてない。首を振ってその状態を伝えようとするぼくに、御剣はさらに声を低くして問い掛けてくる。

「声は」

─── 何?

そう問い掛けたつもりだったのに。ぼくの唇はただ、小さく震えただけだった。声にならない。
と、その時。
御剣が勢いよく腰を引いた。ぬるんと滑って自分の中からものが去って行く感触。
それに息を飲んだ瞬間、また根元まで押し込まれ腰の辺り全体にがんとした衝撃が走る。
そうしてまた引かれる。
御剣は次第にその動きを速めていき、ぼくの身体を揺さぶり始めた。

「う、あ…っ!」

口を固く結んで、振動と共に零れる声を必死に止める。
御剣は容赦することなく突いてくる。ぎしぎしとソファが響く音をもっと大きなものにしようと、馬鹿みたいに腰を動かす。
きっと今のヤツの頭の中では矢張に見られるかもという危険性よりも、ぼくの反応を楽しむことの方が
重要になっているのに違いない。

「なる、ほ……」

がさがさとわけのわからない音と声が聞こえる。
御剣がぼくの耳に舌を当てながら動いているみたいだった。
唾液に濡れた耳にかかる息と、上下に引かれる他人の熱。そして声。
───声?いや、違う、声はダメだ。
出したら聞こえてしまう。そして、一度出したらもう止められなくなってしまうから。

「…く、…っ、…!……ッ」

歯を食いしばり、唇を閉じているせいで酸素がうまく飲み込めない。苦しい。
突き上げられてかき混ぜられて、目茶目茶に犯されてもぼくは決して声を上げようとしなかった。
数分間、ずっと呼吸がままならない状態で抱かれてもう何が何だかわからなくなってしまった。
力の抜けたぼくの足を抱え上げ、御剣は腰の動きを止めた。そして悠然とぼくに告げる。

「声を出せ、成歩堂」

混乱した頭に響く御剣の命令。
薄ぼんやりとした意識の中で、ぼくはそれを守ろうと唇を開きかける。───声を。
違う、声じゃなくて、声はダメだ、そうじゃなくて。

「出せ」

命令をもう一度繰り返し、御剣はぼくの中に入っていたものをゆっくりと引き抜く。
濡れて、名残惜しそうに御剣に絡みつくぼくの内壁の感触を楽しむように。

「……あ、…」

ちゃんと唇を開かなかったせいで引き攣った息が零れた。声になりきれていない、息が。
御剣の手が伸び、指がぼくのものに絡んで、乱暴に扱き出す。
張り詰めたそれは徐々に御剣の手を汚し、けれども御剣はそれを決して離そうとしない。


「いつものように泣いて私を求めろ」

無慈悲な命令が耳を打つ。
首を振ることすらできないぼくの芯を握り、御剣はもう一度時間を掛けて自身を根元まで埋めこんでいく。
中に沈んでいく感触が全身に伝染して、身体が強張る。肩が無意識に上がる。
声が、もう。

「言うことを聞け……」

遠かった声がすぐ側で聞こえる。吐息混じりの御剣の声。
御剣は上半身を倒し自分の体重を掛けると根元までぼくに飲み込ませた。
次に腰の動きを再開させ、声を促すように舌先でぼくの唇を舐めた。
固く閉ざされたぼくの唇を強引に割り、唾液と空気を送り込んでくる。
舌に触れた温度にぼくは、朦朧としつつもふと気付く。
舌。
ああ、そう、これならば。

「んっ…」

突然、噛み付かれるようにして舌を吸われ御剣のリズムが狂った。
ぼくは声を抑えるために、ただひたすらに御剣の舌を吸った。
声を解放できない苦しさを口付けに変え、貪るように。
両腕で御剣の身体を抱え、髪をぐしゃぐしゃに掴んで自分に引き寄せて。

「ん、ん、っ、…ッふ…」

苦しげに漏れるのはどちらの声だったのか。
忙しなく腰を動かす御剣のものだったのかもしれないし、乱暴に揺さ振られるぼくのものだったのかもしれない。
上から下から、自分を犯す熱は容赦なくて。
繋がって舌を絡ませる行為にもう、自分を抑えこむことすらうまくできなくなって。

射精の瞬間が訪れる頃には、ぼくの思考から他人の存在は綺麗に消え去ってしまっていた。











裸のままべったりと引っ付いてくる御剣を殴って蹴って離して、皺くちゃになっている自分のズボンをはいて、
破られたシャツを怒りに震えながら羽織って……痛む腰を無視して眠りにつこうとしたけれど、なかなか
上手くいかないうちに朝になってしまった。
静かに扉が開く音が聞こえ、顔を向けると寝室から矢張が昨日の格好のまま出てきた。
ソファにぼけっと座り込んでいるぼくと半分寝惚けている御剣を見て、矢張は冴えない顔でぼそりとおぅ、と呟いた。

「よく眠れたか?」

別に探りを入れるつもりはないけれど。
何となく後ろめたく感じたぼくはなるべく口調を明るめにして問い掛ける。
けれども矢張は冴えない顔のまま首を横に振った。

「なんかこえーよ」
「は?」

ぽつりと零された短い呟きにぼくは目を丸くした。
そんなぼくを見て矢張は御剣の部屋を不安げな表情で見渡した。

「成歩堂、お前ここで寝てて何も聞こえなかったか?」
「え」

弁護席に立ったと同時に有罪という判決を出された……という経験などないけれど。
まるでそんな感じの、いきなり核心をつく質問を矢張はぶつけてきた。
頭が真っ白になった次の瞬間、昨日の夜のこのソファの上でのことが全て甦ってくる。

「矢張、お前、起きて、聞こえ、……」

ぱくぱくと動く口は断片的に、単語しか吐き出さない。
うるうると少女漫画みたいに目を潤ませ、矢張はぼくに訴えかけてきた。

「夜中に目が覚めたらよぉ、何か変な声がずっと聞こえるんだよ。動物みてーな声が……」

犬の幽霊でもいるんじゃねぇ?と呟いて矢張は辺りを見回す。
がんがんと頭をハンマーで叩かれて、その音が大きく鳴り響いている気がする。
矢張は何も気付いていない。けれども。

「アレはなかなか可愛らしいと思うが」
「お!なんだ御剣、おめーも気付いてたのかよ」

突然横で眠っていたはずの御剣が身体を起こし、そう言った。
ぼくは身体を大きく震わせて慌てて御剣を見る。

「私はもうすでに聞き慣れているのだ。……あのような声は」
「なんだよ、ユーレイが出るなら出るって最初から言えよ!」

御剣の口調はいつもの通りだ。でも目は据わってるし髪はボサボサだし、何より発言がおかしい。
寝惚けている───そう気付いてもぼくはあまりの事に何も突っ込めなかった。
呆然とするぼくの目の前で寝惚けた御剣と何も知らない矢張が会話を交わしていた。

「時々高く掠れた感じになるのがまた何とも言えず官能的だと思うのだが」
「あーなるほどな。確かに妙に色っぽかったかもな」
「だろう?ああいうのに弱いのだよ、私は。可愛らしくて、もっと苛めてみたくなる……」

その言葉を言った後、御剣は沈黙した。

「おおっ!?何だよナルホド、何キレて…」
「うるさい!!黙れ!!!」

巻き添えを食った形でぼくの拳は矢張の腹にも食い込み、矢張もまた沈黙した。
殴られた痛みに言葉を奪われ、床をのた打ち回る級友二人を置いてぼくは御剣の部屋を後にした。




それから二ヶ月間。
成歩堂弁護士事務所には大量のお歳暮が、季節関係なく毎日届いたとか届かなかったとか。

 

 

●   
・.

 

















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マリア様が見てるから思いつきました。(うそです、見たことありません)
ヒョッシーネタといい、矢張が絡むとどうもギャグで落としたくなります。
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