top>うら> 決戦前夜、雨

 

 
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何度も訪れた、あるホテルの前で。
ぼくは足を止めた。
今一番会いたくない男……そして、この世で一番愛しい男に出会ってしまったからだ。

「現場巡りかね、弁護人」
「ああ」

いつもだったら法廷でしか呼ばない呼び方で、皮肉交じりに御剣はそう言った。
その後、二人はお互いに言葉を探して立ち尽くす。
同じ事件を担当している、裁判を明日に控えた弁護士と検事が こんな風に出会って何を話すというのだろう。
たとえ、その相手が自分の恋人だったとしても……

「イトノコさんは?」
「彼は他の現場に行かせた。糸鋸刑事から何か聞きだそうとしても無駄だ」
「……そんなつもりで聞いたんじゃないよ」

ぼくの指摘に、御剣は首を振って謝罪した。
こういう時はいつも、お互いが敏感になりすぎる。それはぼくも同じだった。

「あ、雨?」

突然、頬に水を感じて目を上げた。
真っ暗な空には何も見えない。けど確実に、雨は降り始めているようだ。

「雨……ひどくなるようだな」

そう短く言って、御剣は通りへと向かった。タクシーを拾うつもりなんだろう。
時計を見ると午後11時50分を回っていた。終電にぎりぎり間に合うか間に合わないか…

「成歩堂!」

名前を呼ばれ、顔を上げるとタクシーを止めることに成功した御剣が手招きをしている。
どうやらぼくも乗せてくれるらしい。小走りで追いつき、車に乗り込む。
扉が閉まるのを待って、御剣は行き先を運転手に告げた。
自分と、ぼくの自宅とを。

「あ、すみません、先にホテルバンドー前までお願いします」

慌てて行き先を訂正すると、御剣は鋭い視線を向けた。運転手は軽く頷き、車を発進させた。

「ぼく、事務所に戻るよ」

ため息混じりに呟く。

「もう12時を回るぞ」
「うん…でも、まぁ」
「その様子では昨日も家に戻っていないのだろう?身体は持つのか」
「大丈夫だよ。いつものことだし」

彼の気遣いが過剰に思えて、思わずおざなりの態度で返してしまった。
しばらく黙っていたかと思うと、御剣は突然こう告げた。

「運転手。ホテルには向かわなくて結構だ」

そして自分の自宅へ向かうよう指示した。その高圧的な態度に、ぼくは憮然として抗議した。

「御剣!勝手なことするなよ…」
「いいか、成歩堂。貴様は愚かゆえに自分では気がつかないようだな。
体調が万全でない状態で法廷に立たれても迷惑だ。
自己管理も出来ていない弁護士が、法廷で無罪を勝ち取れるのか?」
「ぼくは体調なんて崩していない」
「そのような生活を繰り返していたら、いずれ崩すだろう。いいから黙れ」

有無を言わせない御剣の物言いに、ぼくは口を閉ざすことしか出来なかった。
視線を外して、外を見る。
窓に張り付く雨のしずくを、彼の替わりに睨みつけながら。

 

扉の前で足を止める。 先に中に入っていた御剣は眉をひそめてぼくを振り返った。

「だからと言って何で君の部屋に来なくちゃいけないんだ」
「君と私の自宅は正反対の方向にあるだろう。あの時、タクシーは私の自宅の方に近かった。
特に深い意味はない。時間を考慮してのことだ」

彼の言い分はわかった。いや、最初からわかっていた。
少しだけ濡れてしまっていたスーツの肩に、御剣が触れた。
それを払いのけて、ぼくは部屋の中へと足を踏み入れた。

何度も来た事のある、御剣の部屋。
その、彼独特の部屋に広がる匂い。その人の生活の匂い。
それに安心する自分がまた、腹ただしくて。

「先にシャワーを浴びるといい」
「ぼくはいいよ」

雨に濡れたのは御剣も同じだ。 乱暴にネクタイを緩め、スーツのジャケットをソファに投げつける。

「成歩堂」
「なんだよ」
「…雨で身体が冷えているだろう。そのままでは、風邪を引く」
「いいって言ってるだろ?」

冷たく言い放ち、振り返る。
御剣は無言でぼくを見返す。深い怒りを、瞳の底に押し込めて。
彼のこの表情に、怯えない者はいないだろう。法廷で何度も見たことがある。
でもぼくだって法廷に立つ人間だ。今更、驚かない。
真正面からにらみ合う。

「これ以上私を苛立たせるな」

ぐい、と腕を引かれた。そしてそのまま唇を押し当てられる。
絡まるような口付けにぼくは彼の髪を掴み、答えた。
キスを繰り返すうちに、身体は傾き、そしてそのまま床へ倒れこむ。

「なら…君が温めろよ」

ぼくが、風邪を引かないように。
間近で視線が合った。そのまま、挑戦的に笑ってみせる。
御剣は何も答えず、手でぼくの身体をもてあそび始めた。
すぐ近くにベッドがあるのにもかかわらず、冷たく固い床の上でぼくたちは抱き合った。

「……あ……っ……み、つる…ぎ…」

シャツを脱がされて、すべてが彼の前にさらけ出されて。
何もまとっていない体が寒くて、ぼくは御剣にしがみついた。
いつもより少し乱暴に御剣はぼくを愛撫する。次第にぼんやりとしていく視界、感覚。
快感と恥ずかしさと、そしてやましさと。───何より、一番奥にある不安と。
明日の法廷のことを考えると、未だに不安が消え去らない。
それは何度、法廷に立ったとしてもわきあがってくる感情。臆病すぎる自分が憎い。
目の前の男が、その不安をかきたてる存在だとはわかっていても。
───ただ今は、彼に抱かれたい。

息が上がったまま、御剣が身体を離す。
しがみつくものを失った心許なさと、次にくるだろう痛みの恐怖とで、ぼくの身体は震えた。
次の瞬間。ぐい、と何の気遣いもなく突き刺される衝撃。

「……………………んッ!」

すぐ入り口で、御剣は腰を止めた。眉をしかめ、苦しげに呟く。

「……力を抜け、成歩堂」
「…んな、こと……ッ!……」

意識して力んでいるわけじゃない。言われるとおりに力を抜こうとしても、できない。
御剣は御剣で、そのまま自分を押し入れようとする。
逃げ出したい気持ちになって、手を伸ばした。
その先の指に触れた、脱ぎ散らかしたシャツを力の限り握り締める。

「ちょ…待っ、…………い、痛ッ……御剣っ!!」

焦っているのか、御剣は無理に腰を打ちつけようとする。
強引に押し広げられる感覚は、快感を全く伴わない、ただの痛みでしかなくて。
ぼくの悲鳴を聞いた御剣は、片手でぼく自身を擦り上げた。

「あッ」

びくりと身体が揺れる。
それでも侵入しようとする他者の熱と、敏感な場所を乱暴にいじくられて、頭が混乱する。
自分から足を開いて涙を流すことも、恥ずかしげもなく声を上げることも。
すべてに快感を覚え始めた。
自尊心を全部捨てて、ぼくは御剣を受け入れた。

「ああっ!……っ…ん、ん、ん、んっ……!」

荒々しく、そして休みなく突き刺される、御剣自身。
あえぎと息継ぎの間、口に差し込まれる、御剣の舌。
耳に響くのは御剣の動きによって生まれる、卑猥な音。
目を開ければ間近に見える、御剣の顔。

「成歩堂……」

彼が名前を呼ぶ。この時…この瞬間だけは、御剣しかいない。
明日への不安も、憂鬱も、不信感も、何もかも消える。
御剣、御剣だけが───

「……っ!なるほど…ッ!!」

大きな振動の後、御剣がぼくの名前を呼んだ。切なげに、いとおしむように。
ゆっくりと落ちてくる身体を、両腕で抱きしめる。
そして目を閉じて口付けを交わす。

 

気がつけば、部屋に響いているのは降り続ける雨の音だけだった。
やっとベッドに移動したぼくたちは、どうやら眠りのタイミングを逃してしまったようだ。
ただゆっくりと身を寄せ合って寝転がり、言葉を交わす。

「早く寝ないと、明日がつらいな…」
「だから事務所に帰るって言ったじゃないか」
「その割には楽しんでいたようだが?」

意地悪く言われて、顔が赤らむ。

「明日君が負けたら、理由は今夜のせいにしてくれも構わないが」
「まさか」

すぐ側に横たわる男に、びしりと指を突きつける。

「被告は無実だ。無実なら、ぼくがどうなったって無罪判決になるに決まってる」
「それはどうかな」

余裕の笑みを浮かべて、御剣は言う。
憎憎しい男。けれども、この世で一番愛しい相手。

「明日の法廷を楽しみにしてろよ」

負けじと言い返し、ぼくも笑みを返す。そして、そっと目を閉じる。

 

宣戦布告の握手ならぬ、キスを交わした。  

 

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最初は無意味に怒るなるほどくん。
そんな彼にちゅーをかますみったんの度胸に乾杯★
私がもっとも好きなのが、やっぱ弁護士と検事って間柄。
もっとこう、張り詰めた感じの二人がそれでもイチャイチャしてるのがいいなあ。
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