top>うら>

 

 



薄暗く狭い部屋に人影を見つけ、私は目を細めた。
その姿には見覚えがある。パーカーにサンダルというだらしのない服装。格好に全く統一性のない派手な色のニット帽。男はテーブルの上に置かれた黄色い封筒を手に何か考え込んでいるようだった。
以前は私が彼を訪れていた。ピアニストとは名ばかりで、地下二階の狭い部屋でポーカーを生業とする成歩堂龍一の元に。
私は自分が無意識に微笑んでいることに気が付いた。
彼の持つ見事な逆転の手法はいまだに健在らしい。七年も前に摘み取ったはずだったのに。

「おや。独房に泥棒ですか」
「……牙琉……!」

背後からそう囁きかけると珍しく成歩堂は狼狽した様子で振り返った。その右手を取って少し逆の方向に捻り上げてやる。
成歩堂は痛みに顔を歪め、間近に迫る私の顔を見返してきた。

「君に、そんな趣味があるとは知りませんでしたね」

私の皮肉に成歩堂は薄く笑った。否定しないところを見ると言い逃れはできないと悟ったらしい。

「牙琉……君に聞きたいことがある」

私の手をやんわりと解くと成歩堂は口を開いた。その物言いにいつもの戯れの様子はない。冗談に冗談を返す間柄ではなくなっているのだと、彼はそう言いたいのだろう。
私も真正面から彼の視線を受け止めた。
ああ、その目。私をいつも苛立たせる強い目。どんな状況に陥っても背ける事をせず、ただ前だけを見据える目。地に落ちても汚れることなく綺麗に輝く目。
そらしたのは私の方だった。

「残念ですが。私は今、話したいことはあまりないのですよ。お引き取り願いましょうか」

冷たい声で突き放す。会話の終了を宣言し、私は彼の傍らを通り過ぎようとした。しかしそれはすぐに阻まれる。成歩堂の手が私の腕を掴んでいた。成歩堂の瞳が私の逃げを許さなかった。

「絵瀬まことさんは、まだ“判決”を受けていない。……わかっているな? 牙琉」

とても静かな声が両耳を打つ。
口の端が小さく引き攣るのを感じた。いつもの笑みを作り出そうと自分は命令を下しているつもりなのにうまく動いてくれない。成歩堂は変わらぬ目で私を見つめていた。引く気が全くないらしい。
───そんなに、傷付きたいのですか?
その目に向かい心の中でそう問い掛けた。
愚かな人間。七年間も見逃し続けてきてやったのに。私という鳥かごに閉じ込めても、鍵だけは掛けずにおいておいたのに。飛び立てばいつでも逃げられたのに、彼は今だ飛び立たないらしい。成歩堂が逃げ出さない理由。その理由は、ただひとつ。それは真実という高潔なもののために。
私はもうバッジを持たない男に向けて手を伸ばす。
幸い、看守は不在だ。先程成歩堂自身が私の独房を調べるために追い払ったばかりだった。

「牙琉っ……!?」

乱暴にパーカーの首元を掴んだ。突然のことに成歩堂の声が上がる。鉄格子に成歩堂の身体が勢いよくぶつかり、派手な音が周囲に響き渡った。次に成歩堂の顎を掴み、口付けるような距離で低く囁いた。

「泥棒にはお仕置きが必要ですね」

ふざけるなよ、と成歩堂の唇が動いた気がした。彼がそう言えなかったのは私が噛み付く勢いで彼に口付けを与えたからだった。意思を無視したキスに流石の成歩堂も抵抗を返してきた。頑なに侵入を拒む唇。持ち上げられた手で思い切り髪を引っ張られ、苛立ちが最高潮に達する。
暴れる身体を反転させ鉄格子に押し付ける。それでも逃れようとする身体を自分の身体全体で動きを封じた。右手で彼の右手首を掴み、後ろに捻って背中側で固定する。開いている左手でパーカーのファスナーを上から下に下ろしていった。その音に成歩堂は行為の予感を感じ取る。

「……牙琉、やめろ」

刑務所という場所を警戒しているのか、成歩堂は声を潜めて私を止めようとした。そんなものには耳を貸さず今度は後ろから顎を掴んだ。形のいい耳朶を舌先で舐め上げた後、唾液で濡れてしまった部分にゆっくりと囁き掛ける。

「安心なさい。───看守には口止めしておきますから」

最後までファスナーを下ろしたパーカーは難なく左右に開き、私の手はするりと中に滑り込む。成歩堂の身体が一瞬だけ強張ったのを感じた。けれども先程のように暴れることはしなかった。はぁ、と短く吐き出された息が諦めの意を示しただけだ。こういう時、成歩堂はいつも抵抗を諦める。彼は私のことなど愛しているわけではなく、本当はこのような行為はしたくないはずだ。それなのに成歩堂は逃げない。泣き叫んで許しを請えばまだ可愛いものを。
その態度がいつも鼻に付いた。
私が何をしても彼を犯すことはできないのだと、彼を屈服させることはできないのだと。そう言われているような気がするからだ。
小さな乳首をTシャツの上からしつこくなぞっていると徐々に膨らみ始めた。意思はどうであれ身体の反応はわかりやすい。愚かな身体に笑いが零れた。

「こうして触られるのは久し振りですか?まさか、私の部下に手を出しているわけではないでしょうね?」
「馬鹿、言うなよ……それに、王泥喜君はもう……君の部下じゃない」
「そうですか」

言葉と同時にきゅっと先端を強く摘んだ。痛みに反応した成歩堂の、今度は足の間に手を伸ばす。服の上から探り、見つけ出した棒を布ごと握った。軽く上下に擦ってやるとたちまちに熱を帯びてくる。露わになった首筋に後ろから吸い付いた。跡を付くのも構わない勢いで幾度も幾度も場所を変えては吸い上げる。
唇の薄い皮膚の向こうに成歩堂の血液が流れている。そう思うだけで興奮した。このまま噛み切ってやろうか。そんな物騒な考えまで浮かんでくる。
……何故、私はこの男を殺さなかったのだろう?
いつでも機会はあったのにそれを見逃してきた自分の迂闊さに腹が立った。こんなろくでもない男、さっさと殺してしまえばよかった。捏造された証拠品を提出し地に落ちた元弁護士と、現法曹界で最高の弁護士と呼ばれている私。一体、どちらに価値があると思う?本当に才能があるのはどちらかなんて、七年前にもうすでにわかりきっていたことだった。それなのに、あの男が私と成歩堂を交代させた。私がポーカーに負けたというくだらない理由で。
考えれば考えるほど、憎くて憎くて堪らなくなった。私に背を向けた状態の成歩堂を見つめる。見ているうちに憎しみの感情が髪の先から爪の先、身体の末端にまで回っていくように感じた。今の私は憎しみのみで存在していた。目の前の男に対する。
雑に下の服を乱し、何のためらいもなく成歩堂の下半身を露出させた。そして次に、すでに勃起した自分の性器も取り出した。鉄格子に向かって立つ成歩堂の腰に両手を添え、自分の元に引き寄せる。その時、成歩堂の手が目の前にある鉄の棒を強く掴む。自分から犯される体形に大人しくなる男ではない。私は微かに微笑む。そんな男を力で押さえ付け、崩していくことに果てしのない優越感を感じた。

「もっと腰を落としなさい……成歩堂」

自分の性器の側に彼のそこが来るように、腕に力を込める。成歩堂の手に握られたままの鉄格子が小さな音を立てた。足を開かせ腰を上から押さえ付け、恥ずかしげもなくそこだけを突き出した成歩堂の姿を後ろから観察し続けるのも楽しかったが、それだけではやはり物足りない。
いつもならば時間を掛けて慣らす彼のそこを指を二本を使って割り開かせ、わずかに生まれた空間に猛った自分を無理矢理押し込んだ。乾いた口はなかなか私を飲み込んではくれない。

「……痛い、って」

むきになってぐいぐいと押し付ける私に辟易したのか、成歩堂が非難の声をあげた。私はそれに歓喜した。

「痛いのですか?君がそうやって痛がる時は締まりがきつくて、とてもいい」
「サド……」

悪態をつく成歩堂の声が掠れている。嬉しくなって視線を下に落とした。見れば、ピンク色の肉の重なりが懸命に動いて私の性器を飲み込んでいた。
その光景に激しい満足感が背中を駆け上がっていく。
腰を支えていた両手を少し滑らせ、ふたつの山を掴んだ。そこを強く持って思い切り腰を押し出した。

───アッ、ッう…!」

そのまま根元まで挿入した。上がった成歩堂の悲鳴を興奮の材料とし、今度は勢いよく腰を引く。内部の抵抗に引き千切られてしまいそうだ。けれども、それがとても気持ちがいい。
私は立ったまま腰を使い始めた。成歩堂のそこの抵抗は相変わらずだったが、いつか馴染む。そう考え己の本能の赴くままに挿入する。抜く。挿入する。そしてまた抜く。その単純な動作を繰り返した。

「あ、ッ、っ、くっ」

成歩堂は律動に引き摺られかける身体を格子状の棒を掴んで必死に支える。激しすぎるピストン運動で短い声が次々と上がるのにまた興奮をした。背中をもっと反らせて腰を掴んで尻を突き出させ、獣の格好をさせる。その背中にかかるパーカーを乱暴に引き上げると、私も上半身を傾け覗いた肌に舌を這わせた。温い舌と唾液の感触に成歩堂は声を詰まらせた。比例して、ぎゅっとそこも締まる。
私は無心に腰を振り続けた。入れて入れて出して出して。ふたつの動作の繰り返しに徐々に慣れてきたのか、成歩堂は呻くような声を時折零すだけになってきた。それがまた腹ただしくて動きを激しくさせる。こちらも痛みを感じるほど強く腰を打ち付ける。

「……っ、あっ、牙琉…ッ!」

上擦った声で自分の名を呼ばれ薄く微笑む。

「声を上げれば人が寄って来ますよ。それとも、人に見られながら犯されたいのですか?」
「ふざ……けるな、…っ、あ!」

耳朶を食みながら意地悪く問い掛けてやると成歩堂は途切れ途切れに言い返してきた。
後ろから犯しているため成歩堂の表情がよくわからない。いい加減つまらなくなってきた私は勢いよく腰を引いた。

「あっ」

いっぱいに広げられていたそこが急に何もなくなり、意表をつかれた成歩堂の肩を掴んで上半身を持ち上げた。反転させ右足だけを抱え上げる。そしてまた挿入させた。

───ッあ」


今までとはまた違う角度で犯され、成歩堂は短く声を上げる。
私は腰を存分に動かしながら向かい合う格好となった彼を観察した。
目を閉じ、何かを必死に耐えるように眉を寄せて歯を食いしばる。頬に浮かぶのは細かな汗の玉。
彼にこのような表情をさせているのは自分なのだ。自分の性器が成歩堂龍一の中に入り込み、周囲の肉を蹂躙し彼でさえ触れたことのない奥を好きに突き上げている。
ぞくぞくぞくと確かな快楽が全身を巡る。それはもちろん性器へと伝染し、膨らんだ私は成歩堂をさらに呻かせることとなった。
成歩堂は片足だけで立っているため安定がとても悪い。安定の悪い彼を抱えて腰を振ることはとても重労働だった。しかし私は我を忘れて動いた。その度に、成歩堂の背後にある鉄の棒がガチャガチャと忙しない音を立てる。それを責めるかのように彼の首筋に顔を埋めた。鎖骨にキスをし、少し塩辛い首筋を舐め上げる。

「が、りゅ…っ」

その時、名前を呼ばれた気がして顔を上げた。目の前には上気した成歩堂の顔。顔と、瞳。
我を忘れ、思わず見とれる。
私を捕らえる成歩堂龍一の瞳は燃えていた。諦めなど最初から知らない。ただ、真実を引きずり出すためだけに輝く瞳。
それはこのような場面であってもそれは変わっていなかった。犯す私と犯される成歩堂。にもかかわらず二人の関係は対等であると───いや、対等どころかその関係には明らかに差が付いていると感じた。
追い詰められた被告人が選び取る弁護士の手は、私ではなく成歩堂龍一なのだ。それは過去も現在も、変わることなどない。
自分でその事実に気付き、発狂しそうになった。
持ち上げていた足を解放する。力が抜け、そのまま成歩堂の身体は牢獄の床へと崩れ落ちた。そこに自分も膝をつき圧し掛かる。
裸の膝を持って大きく開かせた。そしてその中心に自分を突き立てた。十分に濡れた肉は難なく私を飲み込んでいく。深く深く、奥まで挿入して私は正面から彼を見つめた。
成歩堂は身体を好きに犯されているのに、やはりろくな抵抗はしてこない。唇はしどけなく開かれ服も乱されているというのに。しかしそこに存在する瞳だけは侵されることなく私を冷静に見つめ返していた。
───憎い。憎い憎い憎い憎い。
成歩堂の目が見開く。私の両手は彼の首に重ねられた。成歩堂の血流が自分の手のひらのすぐ下にあるのを感じた。
憎い。殺してしまえ。無慈悲な命令が頭の中で響く。

「が、……」

言いかけた成歩堂の唇を自分の唇で塞いだ。腰をまた揺らめかせ始める。そして、両手に力を入れ始める。
苦しむ成歩堂の手が拳になり私の身体を数回殴る。お返しとばかりに彼の首を締め上げ、圧し掛かる身体全体で彼を潰すようにして前後に動いた。
引き裂かれる痛みと息苦しさに成歩堂が喉の奥で呻いた。
手の下の心音が次第に大きくなっていく。私から逃れようとどくどくと脈打つ。その流れを止めるように思い切り力を込めた。
このまま力を入れ続ければ彼の息は止まる。止まる。止まる。

成歩堂龍一は死ぬ。

閃いた事実に頭が真っ白になった。

「っ……!…ハァッ!」

手を離した瞬間、成歩堂は激しく咳き込んだ。
新しい酸素を取り込もうと喘ぐ成歩堂の顎を捕まえ、自ら吸った息を与える。深い口付けともつかないその仕草に成歩堂は必死に縋ってきた。酸素を欲する本能的な行動なのだろう。わかっているのに私はそれに狂喜した。腰をがむしゃらに振った。異常なまでの興奮を受け、あっけなくそれは弾けた。
成歩堂の中に精を注ぎ込みながら私は深呼吸をする。
やっと十分な酸素を取り戻せたのであろう、成歩堂も大きく息を吸って吐き出した。零れた唾液が彼の新たなトレードマークである無精髭を汚していた。
重たい瞬きを数回繰り返した後、上に乗る私を見上げる。セックスを終えた後でも、領域を侵すようにして注ぎ込まれる私の精液に成歩堂は眉を寄せた。私はそれを無表情で見下ろしていた。いつもの微笑みを浮かべることも忘れて。

「……牙琉、君さ」

殺され掛けたのにも関わらず、成歩堂は前と変わらない親しげな口調で私の名を口にした。そして、彼の首を締め上げた私の手を握る。

「殺すのか惚れるのか、どっちかにしてくれないかな……」

吐息混じりに囁かれた彼の言葉に思わず笑ってしまった。
馬鹿らしいことを。そんな皮肉を言える余裕があるなんて、たいした男だ。

持たれた手を握り返し、私は腰を屈めた。薄っすらと微笑む成歩堂の唇にゆっくりと口付ける。
彼の汗ばんだ首にはもう、私の指の跡すら残っていなかった。






 

 

 

 

 

 

 

-------------------------------------------------------------

これが私の考える愛憎劇です。昼ドラみたいだ!
憎しみなのか愛情なのか、先生は自分で気付いていないといい。


top>うら> クレイジー・フォー・ユー