「何なんだよ特別法廷って……」
ぶつぶつと小声で不満を洩らしつつ、成歩堂は楽屋に備え付けられたソファーに腰を下ろす。
頬には真宵くんに付けられたというトロンボーンの跡が残っている。
楽器をどのように扱えばそんな風にできるのか不思議だが、先程の弁護側の演奏を見ていた私には理解することができた。
「楽器なんて弾けるわけないだろ、真宵ちゃんが!」
「それは君も同様だろう」
ほとんど弓を弦に当てるだけという、バイオリン演奏というよりはパフォーマンスを披露した彼にそう言うと、今度は私には聞き取れない声で不満を呟いた。
特別法廷という名のオーケストラコンサートに招待された時、ただでさえクラシックに馴染みのない彼はあまり乗り気ではなかった。
物珍しさではしゃぐ真宵くんと春美くん、そして(何故か共に招待されていた)矢張の付き添いでホールを訪れた成歩堂に聞かされたのは衝撃的な事実だった。
客としてではなく演奏する側として招待されたというのだ。
一般の人々に近いようで遠い存在の法曹界に親しみを、という理由で弁護士・検事に演奏させる企画が特別法廷の内容だった。
同じく招待状を受け取り、最初から企画の説明を聞いていた私たち検事側とは違い弁護側の演奏は散々だった。
唯一まともな音色を奏でていたのはリコーダー担当の春美くんだけだ。
コンサート自体は、弁護士検事を職業とする私たちが客を満足させる演奏を聴かせることなど不可能だと、最初からふんでいた企画側が手配していた楽団が締めくくり、大盛況の内に幕を閉じたのだが……
「……」
同情をこめた瞳で座る彼を見つめる。
白いタキシードに赤い蝶ネクタイ。普段のスーツと同様にかっちりとした雰囲気は変わりない。が、あまりにも似合っていない。
いかにも着せられた感が彼の全身を纏っていた。
視線に気付いた成歩堂がぶっきらぼうに言う。
「何だよ」
「いや。なかなか似合うぞ」
「嘘つけ!」
いつも真宵くんたちに振り回されている成歩堂に慰めの言葉を掛けたのだか、やはり嘘はすぐに見抜かれてしまう。
今の彼には何を言っても無駄だろう。やれやれ、と肩を竦める。
「これをきっかけに楽器でも学んだらどうだ」
「やだよ。向いてない。楽譜なんて読めないし」
冗談混じりの提案もすぐに却下された。
「おたまじゃくしが線の上を泳いでるしか見えないよ。なんか英語で強くとか弱くとか書いてあるし」
「……演奏記号のことか?あれはイタリア語なのだが……」
どうやら、クラシック音楽は彼の世界には存在していないらしい。
「大体加減なんて人それぞれで、一律に合わせられるものじゃないだろ?それをわざわさ記号で指示すること自体ナンセンスだ」
「君は……哀れなほど情緒がないな」
「うるさいな」
芸術学部出身だとは聞いていたが、ここまで感性のない男だとは思わなかった。
呆れる私を無視し成歩堂は立ち上がる。着替えるつもりらしい。
ある事を思いついた私は彼の白いタキシードの肩に手を置き。
「!」
振り返った彼を身体ごと抱え込んで唇を奪った。
左手で腰を引き寄せ、右手では髪に指を差し込んで、驚きに固まる唇を荒々しく舌で割る。
たっぷりと時間を掛け舌先で歯列や相手の舌を弄んでから、唇を離し成歩堂の耳元に囁く。
「……今のがフォルテシモだ」
返事もせずに目を白黒させる成歩堂の顎をとり、今度は可能な限り優しく口付ける。
舌は使わずに、唇の表面だけを慈しむように触れる。
余韻を残すためにゆっくりと唇を離した。
そして、間近に浮かぶ黒目に微笑む。
「今のは……ピアニシモだ」
「わからないよ」
突然、演奏記号になぞらえたキスをされた成歩堂は困ったように眉を寄せそう答える。
私は彼を腕の中から解放はせずに、また微笑んでみせた。
「君がわかるまで続けよう」
そう言うやいなや、また荒々しく口付けを与えた。
成歩堂が口の中で何か訴えているのがわかったが、それは無視して乱暴に唇を開かせて舌を吸い上げた。
一度お互いの距離を開けた後、また口付ける。
そっと触れるだけのキス。
微かに開いた唇に自分の舌先を触れさせ、形をなぞる。
「もう、いいって……」
強弱をつけたキスを何度も繰り返した後。
成歩堂はそう言って私のキスを遮った。
「理解出来たのか」
「できるか馬鹿」
じろりと睨まれる。
その唇は私からの刺激によって赤く色づき、頬も微かに赤い。
「そうか、ならば仕方がないな」
低く呟き、また成歩堂の身体を更に力を込めて抱く。
警戒した彼を押し運び扉に押し付ける。
口付けを予感し、回避するため横を向いた成歩堂の形のいい耳たぶに舌を這わせた。
「身体に直接教えるしかないようだな」
右手を扉に触れさせた。
微かに響いた扉に鍵をかける音に、成歩堂は大きく瞳を見開いた。
「うっ……くっ…」
声を殺す成歩堂の皮膚に次々と口付けを落とす。
赤い蝶ネクタイはすでに解け、きちんと着込まれていたタキシードも上半身だけ崩されている。
「駄目だって、御剣……」
「覚えの悪い君が悪い」
震える声での拒絶を流して、私は行為を続行させた。
互いの腰を合わせればわかる。
成歩堂も私と同じように興奮していることが。
それを自覚させようと片手で擦ると、成歩堂はいやいやと首を振った。
「服、汚れ…る」
そう言われて私はようやく彼の言うことに気付いた。
それぞれ借り物のタキシードを着ている。
このままセックスをすれば皺になるのはもちろん、体液も付着してしまうだろう。
改めてお互いの格好を観察した。
白と黒。正反対の色を持つタキシード。
そして、もう一つ気が付いた。
「御剣…っ!?」
手を止めたことで中断すると思い込んでいただろう成歩堂が狼狽して叫んだ。
私が上半身だけではなく下半身まで彼の服を脱がし始めたからだった。
「馬鹿、やめろって!」
扉を背にし、立ったままの成歩堂の前に膝まづいた。
白いズボンは履かせたままずらし下着だけ下ろす。
そして、熱を持った彼の性器に舌を這わせた。
「やだ、駄目だっ…て!」
一番の弱点を攻められて、成歩堂は涙声になる。
しばらく舐めたり吸ったりを繰り返すと、太ももを捕まえていた手のひらを後ろに移動させた。
成歩堂は私の頭を掴み止めさせようとするものの力が入らず、背中を扉に預けることで自分の足を支えることしかできなかった。
「あっ」
ペニスを舌先で愛撫しながら後ろに回した指を少しだけ埋めた。
さすがに狭い。両手のひらを使い左右に開きながら、徐々に徐々に進ませていく。
口内で感じる彼の感触が更に熱を帯びていくにつれて、後ろも熟れていくのがわかった。
私はそこで一旦止め、成歩堂の腕をとり部屋の中心にあるソファーへと彼の身体を投げ出す。
力の抜け切った成歩堂の身体を押し倒すのは楽な仕事だった。
「な、やだって…!」
横たわらせた成歩堂の膝の裏を持ち、思い切り上げる。
未だ白いタキシードを完全に脱いでいない成歩堂の足は自由を奪われ、そこを私に曝け出す格好となった。
二人が繋がる場所に舌を這わせる。
成歩堂が引きつった声を上げた。
舌全体で覆うようにして舐め、指も差し込む。
「み、つるぎ…あっあ」
成歩堂の声が意味をなさない喘ぎへと変化しはじめる。
散々そこを舌と指でなぶった後、私は顔を上げた。
タキシードをすっかり着崩された成歩堂は目を潤ませつつ、私を睨み付けた。
白い布の合間から覗く上気した肌を見た瞬間、堪らなくなって性急に繋がった。
太ももに絡まっていた白い布を強引にはぎ取られ、剥き出しになった足を無理矢理押し曲げられた成歩堂が非難の声を上げる。
「いった…ッ!」
「……ふっ、」
抵抗を感じる中に自分を根元まで埋め込んで息をつく。
そして、成歩堂の意思をきかないまま腰を振り出した。
「…っだ、や、待てって…!」
成歩堂の涙ながらの訴えに対し駄目だ、と呟き腰を振り続ける。
服がぐちゃぐちゃになったまま散々に犯される成歩堂に、理性を呼び起こすどころか更に腰の動きを速めていく。
彼の言葉により私は、白を汚すという行為に興奮することに気が付いたのだ。
彼とは反対に黒いタキシードを着た自分が彼を滅茶苦茶にしているという状況が、征服感を助長させ加虐心に火をつける。
私が腰を動かせば小刻みに声が上がる。必死に押し殺した声。
成歩堂は唇を噛みしめて私の欲望のままの動きを受けとめていた。
それは決して苦痛のせいではなく、快楽をセーブさせる理性の働きかけのようだった。
現に揺さ振られる彼の性器は完全に立ち上がっていた。
ふとそれが淋しくなり、私は彼に挿入したまま呟いた。
「聴かせてくれ……君の声を」
浮かび上がった鎖骨に舌を這わせると、成歩堂は熱のこもった息を漏らした。
私は先程とは違い、反応を見るためにゆっくりと腰を動かした。
奥まで入り込んでは、手前の所まで引き。抉るように挿入しては、中の抵抗に合わせて吐き出す。
それに伴い成歩堂は次々に声を上げる。吐息を零す。
「もっと、だ」
強請ったのは彼ではなく私の方だった。
高い声、甘い声。低い息。
もっと。もっと君を聴かせてほしい。
湿った音。重みを受けて軋むソファー。成歩堂の声。
彼の放つ音の重なりが全身を、じわりとした彼の温かみが性器を、絶えず包んでいる。
それは言い様のない幸福感だった。
結合を確かめようと挿入を深くすれば、くちゅりと甘い水音が耳に届いた。堪らなくなって相手の身体を抱き締める。
成歩堂も力の入らない腕を首に回し、息をついた。
震えてかすれるそれにまた煽られる自分を感じた。
真下から見上げてくる瞳に微笑む。
そのまま二人抱き合い、最後の律動を開始した。
成歩堂の奏でる音は、二人が絶頂を迎え離れる時になってようやく止んだ。
いつもの青いスーツに着替え、行為の痕跡をすっかり消した成歩堂は深々とため息をついた。
彼の前には見るも無惨な状態になった白いタキシードが置かれている。
私の黒いタキシードもそれなりに皺は寄っていたが、成歩堂に比べればまだましだった。
「そもそも私たちは招待客だ。弁償させられることはないだろう」
「誰のせいだと思ってるんだよ」
さぁな、と首を傾げてみせると思い切り睨まれてしまった。
「やっぱりぼくには音楽は向いてない。聴く側に専念するよ……」
「それは残念だ」
すっかり憔悴した彼を見て私は微笑む。
「先程君が奏でた音は、どの楽器よりも一番美しかった」
意味がわからない様子で一瞬きょとんとした成歩堂だが、すぐに理解したらしい。
「恥ずかしいこと言うな!」
私の言葉に成歩堂は顔を赤くして言い返してきた。
私としてはかなり本気で言ったつもりだったのだが。
───まぁいい。
君を弾くことができるのは私一人だけで、その音を聴くのも世界で私一人だけなのだから。
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あまーい! なんて恥ずかしい台詞!
うんでもそんな成歩音が聴けるコンサートがあったら行きたいです。
ナル受けスキーさんたち大喜び。