top>うら>

 

 



胸を叩かれた。空中に勢いよく蹴り上げられた足首を掴み、腕を使って暴れる両足を抱え込んだ。
涙混じりの声が耳につく。口を押さえてそれを黙らせた。

そして、乱暴に暴いた彼のそこと自分の性器を結合させた。





怪しげな部屋に一人案内され私は眉を寄せた。
地下に造られた小部屋。埃が舞う薄汚れた様子。ひとつしかない照明。
何もかもが私の警戒心を刺激する。例の情報は間違っていたのではないか。そう考えてしまう程に。
検事局の、しかも上層部にのみ報告された情報だ。信憑性は高い。
そう自分に言い聞かせ、待つことを決めた。が、置いてある古い椅子に腰掛けることは躊躇われた。
部屋の入り口に立ち尽くしどうしたものかと思案した時、階段を降りる足音に気付く。
ゆっくりと、辿り着く人影。逆光で顔も姿もよくわからない。目を細め、相手を窺う。

「……御剣?」

呼び掛けに私は瞠目した。
そのたった一言で相手の男の正体が判明する。

「御剣だろ。……久し振りだな」

そう言いながら人影は階段を全て降り、二人の視線の高さはほぼ同一となる。

「成……歩堂」
「何してるんだよ、こんなところで」

七年振りに再会した男は呆れたように笑った。
声が擦れたのには戸惑いとは別の理由がある。

この男は本当に成歩堂なのか?

そんな疑問が頭を巡っていたからだ。

青いスーツではなく黒いパーカー。特徴を覆い隠す水色のニット帽。無精髭。
何より、浮かべる表情が。

私の知っている成歩堂は感情を表情で語る。
発する言葉と浮かべる表情、仕草が重要な要素となる緊迫した法廷で何度も向き合った経験が、目の前の男に疑問を投げ掛けていた。

私の視線ににこりと彼は笑う。しかしそれはどこか壁を一枚隔てたような、よそよそしいものに見えた。

「御剣?」
「ああ……久し振りだな、成歩堂」

しかし私は彼の二回目の呼び掛けに答えた。
外見と表情が過去の記憶と異なっていても。わからないはずも、間違うはずがない。
成歩堂龍一。私を救い、変えるきっかけを与えてくれた親友を。

「日本にいたんだな。またどっか海外に行ってると思ってたよ」
「二ヶ月前から日本の検事局に戻ってきたのだ」
「ふーん。相変わらず忙しそうだね」

興味なさそうに頷いた後、鋭い視線を寄越す。浮かべている中途半端な笑顔は消さないまま。

「で、上級検事様が何しに来たの」

今の自分の地位を明かしてはいないが、私の身なりや様子に成歩堂は察したのだろう。
私が懐かしさだけを目的にここを訪れるわけがないと。

ロシアレストラン・ボルハチ。一見ただのレストランだが裏に隠された実態を検事局は前々から目を付けていた。
薬の売買、賭博。証拠はないがきな臭いことが起こなわれているらしい。
しかし、私程の地位につく人間がわざわざ訪れたのには、また別の理由がある。
対面する成歩堂はそれには気付いていない。

私は一瞬戸惑う。これを言えば。これを言うことは。
自分が過去に犯した罪を蒸し返すことになる。

「ここで売春行為が行われているという報告が入った」

心情を悟られないためなのか、ふらふらと宙を泳いでいた成歩堂の瞳が見開かれた。
耐え切れず、私は視線を落とす。ここまで来てまだ逃げようとする卑怯な自分に吐き気がする。

「それに君が関わっていると聞いた」

ああそう、と成歩堂は小さく呟く。否定しないことに私は俯いた状態で打ちのめされた。

「いつからだ?」
「いつからだったかなぁ。娘の給食費が半年くらい払えなかった時があってさ。その時からかな。あれはなかなか辛かったよ」

給食費には嫌な思い出しかないよ、と過去の共通の記憶をどこか気の抜けた声で話す成歩堂が痛々しくて、益々顔が見れなくなる。

「今すぐやめろ」

苦しい感情をそのまま言葉に吐き出したため、命令口調になった。
成歩堂はあからさまに不愉快な声で反論した。

「何で君にそんなこと言われなきゃいけないの」

突き放す言葉に堪らず顔を上げる。眉をひそめて私を見る成歩堂に向かって口を開いた。

「君が好んでそのようなことをしているとは思えない」
「お前がどう思うかなんて知らないよ」
「他に道はある。あえてその方法を選ぶ必要はないだろう」
「どうしようとぼくの勝手だろ。お前には関係ない」
「成歩堂!」

思わず声が大きくなる。
成歩堂は煩わしいといった表情で私を睨み付ける。
私はそれを一心に受けながら低い声で呟く。
声を抑えたのは感情を堪えたのではなく、自分の罪で自分を痛め付けることを少しでも軽減したいと思う身勝手な自己防衛のためだった。


「……私が、抱いた時に。あんなに嫌がっていた君が、そういう行為に走るのは納得出来ない」

成歩堂の目が今までで一番大きく開かれる。
苦しい。逃げ出したい。そう思った。
が、私以上に成歩堂がそう思っているだろう。だから私は無理に自分を奮い立たせ、その場を動かずに彼の目を真正面から見返していた。
次に目を逸らしたのは成歩堂の方だった。

「あれのことなら」

先程までとは違った、感情を殺し切れていない声。それを繋いで成歩堂は言い放つ。

「暴力の延長線にあったことだ。だから、気にしてない」

二人の間に隠されていた二人だけの残酷な過去。
それが七年以上も経った今になって、再浮上したのだ。

それはまだ成歩堂の胸に弁護士の証が輝いていた頃のこと。
徹底的に教え込まれていた検事としとのテクニックが崩された時。その土台を作るよう指示した人物の真意を知った時。今までのスタイルを捨て、警察局長を告発した時に。
自分の唯一の生きる場を乱された私は焦り、苦しみ。
その苛立ちと不安を一人の男に全てぶつけた。自分を変えた存在を、彼と出会ったせいだと強く罵って。

嫌がる成歩堂を無理に組み敷いて、青いスーツを引き裂き乱暴に犯したのだ。

その後すれ違い、憎み合った後に。私と彼は和解した。
彼は私が命を粗末に扱うような行動には激怒したが、あの行為について責め立てるようなことはしなかった。
和解後は表面上何もなかったように振る舞う成歩堂に私は安堵していた。いや、安堵したがっていたのだ。
身勝手な思考を抑え切れずに、親友を暴力で凌辱したことを。
言及されないのをいいことに自分の罪は許されたのだと。彼は私の愚かな行動を記憶から流し消し去ってくれたのだと。

しかしそれは私だけに都合のいい思い込みだったのだ。

彼が弁護士バッヂを失ったことを、七年も後に知った時に気付いた。
許されたのではない。自分が彼に遠ざけられているとようやく気が付いた。

「もしも……もしもの話だが。君がこうして身を落とすきっかけが私にあるのならば謝りたい」

自分の一言一言が身を切るように痛かった。

「すまなかった、成歩堂」

深く深く頭を下げる。
贖罪。その単語を当てはめることすらおこがましい。
謝るべき時を逃した謝罪などこちらの自己満足にしかなりえない。ただ自分が楽になりたい。結局はそれだけなのだ。


「私があのようなことをしたのは憎しみからではない。私は、君が……」

つられて吐露しそうになった事実はどうにか途切れさせる。
彼も気付いていなかっただろう事実を今更告白するなど、身勝手にも程がある。
思いを告げず、また、捨てることもせずに死ぬまで自分一人の胸にしまい込むこと。どんなに苦しくてもその誓いを守ること。
それが自分自身に課した罰だった。
何だよそれ、と成歩堂が擦れた声で呟く。
しかし私は頭を上げることは出来なかった。

初めて成歩堂の売春の話を聞いた時に私は戦慄した。
過去の私と彼の間に起こったこと。確かに現実として起こったことなのに、互いに蓋をしてなかったことにした事実。
それが今でも成歩堂を深く蝕んでいるとしたら。

同性に身体を開くという、昔の彼には考えられない行為を繰返しているのには、私の身勝手な行為が起因したのではないか。
窮地に追い込まれた成歩堂が誰に助けを求めることなく一人堕ちていったのは、他人に深く傷つけられた記憶が心の奥底から消せなかったためではないか。

一度そう思ったら噴き出した罪悪感は止められなかった。
どうしても彼に会って謝りたい。
罵られても憎まれても構わない。もう一度、彼に。

どこまでも身勝手な思いは私を突き動かし、彼のいる場所を一人で訪れたのだった。

「なに?君のせいでぼくがこんなことしてるって思ってる?」

とても静かに。とても静かに成歩堂は私に尋ねた。
私は頭を下げたままそれを受けとめた。

「今でも君がぼくに影響を与えてるって、そう思いたいの?もう七年も会ってなかったのに?」

静かに響いていた成歩堂の語尾が微かに震え始める。
私は俯き目を伏せて、彼に届くかわからない思いを口にする。

「成歩堂。私は君を忘れたことはない。君が忘れたとしても、私は君をずっと……」

ふいに喉が詰まった。
襟元を掴まれたのだと少し遅れて気が付いた。
そのまま肩を押されて足が後ろにもつれる。背中に走る鈍い衝撃。

「知ってる?御剣」

壁に私を押し付け、間近に迫ってきた成歩堂が小声で囁いた。
とても近い場所に浮かぶ黒目に戸惑う。鼻と鼻が触れ合う距離で成歩堂が笑った。
昔とは違う。相手を嘲笑する乾いた笑み。

「ここに来たってことは、ぼくを買ったということなんだよ」

思わぬ言葉に息を飲んだ。
成歩堂は私の反応を予想してたのか、笑みを崩すことはしなかった。
呆然としている私の首筋に顔を寄せてくる。服の襟の部分と肌の合間に指を入れ、強く引っ張られた。覗いた肌に成歩堂の舌を感じ、我に返った。

「何をするのだ!」
「大丈夫だよ。前よりは上手く出来るから」

あまりのことに言葉がでない。成歩堂は無言になった私を壁に押し付けたまま好きに貪り始めた。
首筋を舌で辿り、顎先まで運ぶ。曲げた膝で私の股間を押し上げる。手のひらで胸元を全体的に撫でる。

「成歩堂……」

声にも身体にも力が入らない。
混乱と戸惑いが頭の中で渦を巻いて私から抵抗を奪っていた。
何より一番大きかったのは罪悪感だった。
私の身勝手な行動が罪のない彼を傷つけ堕落させてしまったという深い悔恨。

「……」

やめてくれ。その一言を口にすることすら迷った。
謝罪に来た私が、彼に命令するなど。

成歩堂はそんな私の葛藤を知ってか知らずか、徐々に責め立てを激しくしていく。
気が付いたら床に膝をつき私の腰の辺りに彼の頭部があった。
ベルトを外す音が耳に届いてようやく私は抵抗を始めた。
しかし成歩堂は手慣れた様子で私の服を乱し、性器を露出させる。
羞恥心を感じそれを隠す前に驚くべき事が起こり、私は息を飲む。
後退りしようとした身体が背後の壁に遮られた。

「成歩堂…っ」

まだ力のないペニスは簡単に彼の口内に吸い込まれ、湿った舌の上に乗せられた。
唇が当たる。舌が当たる。歯が、唾液が、口の中の肉が。
それは抗いようのない甘美な刺激だった。
間近でそれを見ないためか成歩堂は目を頑なに閉じたままだ。
それでも彼の舌の動きは巧みだった。確実に私を絶頂へと導いていく。
彼の頭に両手を重ねた。引き離そうと考えるのに、手はぴくりとも動かなかった。
右手を使って扱きながら、亀頭を舌先で抉られる。
次に、根元をぐるりと舌で舐める。
先端に滲み出た先走りを唇を使って吸い上げられる。

「なぁ、御剣」

ようやく口を離した成歩堂の声は擦れていた。
呼び掛けられ下を向くと瞳を持ち上げていた成歩堂と目が合う。
成歩堂の口の端がじわじわと上がっていく。

「君はさ、ぼくにこうして欲しかったんだろ?」

信じられない言葉が現実に私の耳を打つ。
と同時に過去の記憶が稲妻のように私の中に落ちた。

何度も首を振って嫌がる成歩堂を引き倒し、口を押さえ付ける。
言葉を奪われた成歩堂は目を見開いて私を見た。
その時の、涙を溜めた黒い瞳。

「……やめろ、成歩堂」

俯いても下から覗き込む成歩堂の瞳からは逃れることが出来ない。
だから私は目を閉じた。
やめてくれ、と絞りだすような声で懇願する。

「御剣」

だらりと落ちた腕を取られ、彼は立ち上がった。吐く息が頬に触れる。

「いいよ、怒らないから」

成歩堂は優しい声で私を諭した。
思いの外柔らかい口調に思わず目を開き相手の顔を見た。
許されたのか。
そんな甘い考えを持って目を開いた私の視界に映ったのは。
唾液で唇を濡らし、見たことのない表情で微笑む成歩堂だった。
成歩堂はその唇をゆっくり動かす。赤くなった唇と舌が、再度驚くべき言葉を吐き出した。

「好きに扱ってくれ」











はぁ、と苦しげに成歩堂は眉を寄せた。
手を止めるよう視線で訴えかけられて、私は彼のペニスを擦るのをやめた。
後ろに手を回し、そこを自分で弄っていた成歩堂が指を退かす。ローションで濡れた成歩堂の中指が視界を横切っていくのを、ぼんやりと見送る。

「御剣、ここ……」

テーブルにだらしなく寝そべった成歩堂が両足を大きく開いた。
足の間にも零れていたローションが擦れ合い、いやらしい音が響く。
成歩堂は私に見せびらかすようにしてそこに指を当てた。反応を探りつつ中指だけをわずかに動かして撫でた。
空気と指の二つを噛んで、小さな穴ははしたない音を立てる。
ぬらりと液体でてかるそこに目が吸い寄せられてしまう。

私が初めて満たしたそこを、七年の間どれだけの人間が開いていったのだろう。

そう考えた時に。
気がおかしくなりそうなくらいの嫉妬心が瞬時に燃え上がる。

自分のペニスに指をあてがい、成歩堂の中に潜り込ませる。

「ああ…っ…」

わずかに引かれた腰を掴み、引き寄せて。自分の腰だけを前に押し出す。
中の抵抗を感じつつまた少し腰を進め、根元まで結合させてからゆっくりと息を吐いた。
じんわりとした体温がそこから伝わってくる。

あの時は、とても熱くて熱くて中から燃えてしまいそうだった。
強張る成歩堂の中はとても狭く、無理に侵入した私を食い千切る勢いで締め付けていた。

しかし今は、柔らかく収縮する内壁がペニスを包み込んでいた。

成歩堂が呼吸をする度に圧が変化して気持ちが……いい。

私が侵入を果たしてから成歩堂は何も言わない。左手の甲で口を押さえ、平らな胸を上下させている。
苦しいのだろうか。思わず不安になり腰を曲げて彼の顔を見た。

「成歩堂……?」

下から腕が伸びてきて、頭を抱え込まれる。戸惑う私に成歩堂から口付けが与えられた。
後頭部に回された手のひらで髪を掻き混ぜてくる。
唇を離した後、成歩堂はうっすらと微笑む。彼に己を射したままの私に。

「動いてくれ……」

突き上げて、揺さ振って、汚して、ひどく。

それは彼が囁いた言葉なのだろうか。
それとも私の心に潜む悪魔のものだったのだろうか。

そこで、私の理性は崩れ去った。

私は何かが切れてしまったかのように成歩堂を抱いた。
成歩堂の身体は驚くほど貪欲で、私の酷とも言える扱いにどこまでもついてきた。
私は何度も彼の中に精を放った。

七年間しまい込んでいた欲望を全て吐き出すかのように。











「満足した?」

行為前よりもさらに気だるげな声で成歩堂はそう尋ねる。
私は服を整えながら無言を返した。
吐精して満足するどころか深い悔恨で居たたまれなくなったのだ。
行為中は微塵も感じなかった罪悪感が胸を押し潰しそうだった。
彼から目を逸らしたまま、本当の思いを言葉にして吐き出した。

「……私は、このようなことは望んでいなかった」

成歩堂はパーカーを羽織りながら鼻で笑う。

「勝手だな。散々好きにしといてさ」

わかっている。
わかっていた。だから私はまた無言になった。
過去の罪を認め謝罪のためにここを訪れたのに、結局私は自覚をしただけだった。

自分の中で眠る強い欲望に。
成歩堂を奪い、己の精で汚したい。そんな醜い感情に。

息を吐く。
それでも。身勝手だと、いくらでも罵られようとも、私は。
君に。

「……私は、君に戻ってきてほしい」

元いた世界に。こんな歪んだ世界ではなく。

堪らなくなって口を閉じた。右手で視界を覆い、震えてしまう唇を強く噛んだ。
しばらくして、成歩堂の声が狭い地下室に響いた。

「もう遅い」

絶望も希望も、そして諦めすらない死んだ声に私は目を瞑り、泣き出しそうになるのを必死に耐えた。




 

 

 

 

 

 

 

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救いがない話でした。
こういう設定、駄目だろうと思いつつ萌えてしまいます。
御剣33歳描写と成歩堂髭描写を書き忘れた!


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