「すまない、成歩堂」
12月24日。聖なる夜、クリスマスイブ。私の目の前には、恋人が座っている。
特徴的な髪型に、特徴的な眉。しかしそれは、不機嫌そうに歪められていて。
「すまなかった」
私はもう一度、謝罪の言葉を口にした。成歩堂はぴくりと眉を動かしただけで
何も答えようとしない。私はもう一度謝罪の言葉を吐こうとした。
しかし彼の冷たい視線を一身に受け、出てきたのは重いため息がひとつ。
───確かに、私が全面的に悪い。
クリスマスなんて大して騒ぐほどのことでもない。 けれども、一般的には盛大なイベントのひとつだ。
私は仕事の後に、成歩堂と会う約束をした。しかしクリスマスイブといっても、犯罪は休んではくれない。
目の回るような忙しさに追われ、私は約束の時間に大幅に遅刻してしまった。
笑顔で嫌味を言う彼に、私は何度も謝罪した。しかし彼は私を許さなかった。
何を言っても機嫌を直さない彼の態度に切れた私は、合意を求めずに彼を抱いた。
ほぼ強姦のような性行為が終わり、我に返った私を待っていたのはただ無言で激怒している 成歩堂の姿だった。
「……プレゼント」
ぽつりと成歩堂が口を開いた。私ははじかれた様に顔を上げ、と同時に自分の犯した新しいミスに気がついた。
テーブルの上に置かれていたのは、綺麗にラッピングされた箱。 成歩堂が私に用意してくれたものであろう。
しかし、私は……何も持ってきていない。
「………すまない、成歩堂」
「いいんだよ、別に。君に何かもらおうと期待したぼくが馬鹿だったんだから」
「いや、そんなことはない」
手を伸ばして成歩堂の手を握る。
「私に何か出来ることはないだろうか?お詫びといっては何だが、今は何も用意できない」
「いいよ、無理しなくて」
「成歩堂」
この際、プライドなんてものは無視することにした。私は手に力を込めて彼の名を呼ぶ。
思い返せば、毎年毎年、重苦しく感じていた冬の季節を終わらせてくれたのは 目の前にいる成歩堂だ。
彼と再会できなければ、今も私はこの季節を怨んで過ごしていたのだろう。
私の必死の申し出に成歩堂の眉がまた動いた。しばらく考え込むように、瞳が揺れた後。
「そうだね。じゃあ、今夜はぼくに付き合ってもらおうかな」
やっと成歩堂と目が合う。やっとで見れた彼の笑顔につられ、私まで顔が緩んでしまった。
彼は嬉しそうに、幸せそうににっこりと微笑んで私の頬にキスをした。
■
「…っ、はぁ…」
息苦しくなるほど深い口付けに、私は成歩堂の肩に手を置いた。
それでも激しいキスは終わる気配がない。 成歩堂がここまで積極的になるのは珍しい。
いつもなら羞恥心が邪魔するのか、キスすら嫌がるときもある。
どこかおかしいと眉をしかめた途端、固くなった私自身を成歩堂が手を伸ばして握った。
やっと唇を離したと思うと、成歩堂はそのまま私の首筋に顔を寄せる。
舌で下から上に舐め上げられ、ぞっとするような快感が全身を襲った。
「…ッ、…どうした…?」
私の質問に答えず、成歩堂は愛撫を続けた。声が上ずる。
攻め立てるような愛撫に、意味もなく身体が逃れようとする。しかしそれは成歩堂の腕によって阻まれてしまった。
声が漏れそうになり、私は頭を振った。このままでは彼に流されてしまう。
感情を理性で押さえつけ、私は声を荒げて彼に抗議した。
「待ちたまえ……おい、成歩堂!」
身体にまとわりついていた成歩堂の手が、ぴたりと止まる。
私が振り返ると、眉を情けなく下げた成歩堂がじっと私を見ていた。そして小さな声で呟く。
「御剣……ぼくに触られるの嫌なの?」
黒目がちな目が私を正面から捕らえる。私は思わず、声を失ってしまった。
(……卑怯ではないか)
そんな目を使って、私を見るのは。
目を閉じて俯く。そして、ため息混じりに言葉を返す。
「……そうとは言ってない」
「だよね、言ってないよね」
うってかわった楽しげな成歩堂の声が耳元で聞こえ、私はぎょっとして顔を上げた。
しかし、すでに手遅れだった。成歩堂は私の身体に馬乗りになり、唇を歪めて私を見下ろしていた。
軽いめまいを感じつつ、状況を把握しようと彼に問いかけた。
「君は一体、何をする気なんだ…?」
「なにをって?とぼけても無駄だよ、御剣」
そう言って成歩堂は意地悪く笑った。 私が黒く光る彼の瞳に見とれた隙を狙って、成歩堂は唇をかぶせてきた。
かさついた唇、そして熱い舌が私を襲う。
「な、なるほど……待ちたまえ、な…あッ!」
いつもと違う。
そう気が付いたのは成歩堂の手が私の両足を割って、触れられた事のない後ろの部分に触れた瞬間だった。
この行為にあまり協力的ではない彼が、なぜこんなに積極的なのか。
その恐ろしい理由に気付くのがこんなに遅いとは…自分で自分の間抜けさに腹が立つ。
両腕で肩を押し返し、なんとか身体を離す。目が合った。睨む私に、成歩堂は子供のような顔で笑う。
そしてその笑顔のまま、恐ろしいことを宣言した。
「次はぼくが御剣を抱くよ。いいよね?」
■
「な、成歩堂…待ってくれ、頼む」
「大丈夫」
かすれた声で私をなだめる。成歩堂の指があたり、私は妙な感覚に身をよじった。
ほとんど息のような声が漏れる。
堪えようとすると身体に力が入り、成歩堂の微かな指の動きにすら反応してしまう。
彼のために用意してあったローションが、まさか自分が使うことになるとは…
混乱する暇もないくらい、快感と屈辱がこの身を襲う。
「んっ!……っ、は」
「狭いな……」
独り言を呟きながら、成歩堂は指を進めていく。力を抜こうにも、他人の侵入に身体が強張ってしまう。
それは私自身の力ではどうしようもなかった。
「………クッ」
「御剣、やらしい……」
馬鹿者、と罵る余裕もなく私は唇を噛み締める。そんな様子を、成歩堂は見てにやりと笑う。
「すぐに慣れるから」
次々と彼の口からこぼれる言葉が、私の理性をゆっくりと…しかし着実に壊していく。
私は無意識に首を振っていた。駄目だ、このままでは。
───壊れてしまう。すべてが、壊れてしまいそうだ。
成歩堂はそんな私を無視して、指を小刻みに動かす。それに反応する身体。
今まで感じたことのない感覚が全身を駆け抜ける。びくりと背がのけぞってしまう。
「…ッあ、…だ、駄目だ、なるほど…ッ!」
「駄目じゃないよ、御剣」
言葉は優しいのに、彼の指は容赦ない。声を堪えようと唇を噛み締める。
が、熱い舌が侵入してきてそれをすぐに割る。微かに開いてしまった口から、息がこぼれた。
艶かしい喘ぎとともに。
「ん……あ、ああっ…!」
「……大丈夫だって。すぐによくなるよ」
今度は舌で、私の唇を何度も舐める。どうしようもない羞恥心、うずく快感。
遠のいていく、理性。次第にぼんやりとしてきた頭に、成歩堂の言葉が響いた。
「ぼくもそうだったからさ」
瞬間、引き抜かれる指。
内腿に触れた手のひらが、まるであやすように私の肌を撫でた。
ぐい、と大きく開かされる。
熱い熱い何かが、私の入り口に当てられた。成歩堂は深く息を吐く。
そして身体を動かし、私との距離を一気につめた。
頭が真っ白になった。
「う、あっ…!」
身体の中に何かがある。熱くて熱くて堪らない何かが。
どれくらい入っているかなんてわからなかった。
とにかく熱くて、かいていた汗までもが一斉に引いていくようだった。
何かが、自分の中に、直接触れる。そのおぞましさは表現のしようがない。
強い痛みに耐えるため目を硬く閉じていたが、そのままでは恐怖で叫び出してしまいそうだった。
無理にまぶたを持ち上げる。溜まった涙でぼんやりと視界が曇る。
自分の身体に覆いかぶさるようにしている人物。
そこには。
「いたい、よね」
私の目が開いたことに気付き、成歩堂は頬を緩めた。
笑っているのにどこかぎこちない。 私の中は狭いのだろうか。苦しそうだ。
「痛い、ぞ。少しは遠慮したまえよ」
「……余裕だね」
苦笑する唇。その横を一筋の汗が流れ落ちる。流れて、ぽつりと私の肌に落ちた。
その感触が妙に鮮明で、私は挿される痛みも忘れて違うものに感覚を向ける。
足を支える手。密着している皮膚。私を見下ろす顔。少し情けなく、しかし欲のこもった瞳がすぐ近くにあった。
成歩堂。手を伸ばして顔を触ってみる。曲線を描く頬を撫でてみる。 汗ばんでいる。
角度のある眉毛。鼻。黒い目。
成歩堂だ───
当然のことを再認識した瞬間に、あるひとつの感情が胸に芽生えた。
成歩堂が、自分の中にいる。
恐ろしいとさえ感じていた何かが愛しくて堪らなくなった。
こんな感覚を彼はいつも感じていたのだろうか。
「こい、成歩堂」
呼べば、成歩堂はいくよと答えた。淡い期待の後、律動が始まる。
「あ、ああ!」
痛い。余裕はすぐになくなってしまう。激痛は想像以上に激しくて、私は恥ずかしげもなく声をあげた。
「い…アッ!……痛ッ…い!」
全く色気のない、喘ぎというよりは悲鳴のような声に私は自分を恥じた。
気が付いた成歩堂が私の萎えてしまった性器に指を触れさせた。
なだめるように優しくさする。そんな彼の気遣いが嬉しくて、申し訳ない。
「す、まな、い……君のようには、できな…っ」
「いいよ。……痛いだろ?ゆっくり、動くから」
息を必死につぎながら謝罪する私に成歩堂はふっと笑みを零した。
いつもの私ならば、状況的に笑われたと受け取り苛立つに違いない。しかし、私はそうは思わなかった。
それはもちろん、受け入れる痛みにそこまで余裕がないということもあったが。
ゆるゆると成歩堂は腰を打ち付ける。右手で私のそれを扱きながら。
彼の作り出すリズムはもどかしいがとても優しくて、心地よくて。
挿入された痛みを緩和していく。完全に消える気配はないが、それだけでない感覚も生まれ始める。
私の身体を気遣う彼の仕草ひとつひとつが嬉しいと感じた。気持ちがよいと思った。
もっと、と求めたくなった。もっと、君をくれと。
こんな風に足を広げて、男の性器を入れられるなど───本気で嫌悪していたのに。
「成、歩堂……あまり、焦らすな。…生意気だぞ」
背中に回した腕に力を込め、意地悪く囁いてやった。
成歩堂の動きが一瞬止まり、大きな目が丸々とさらに大きくなる。
「君の真似をしてたんだけど、ね。……もう、いいの?本気出しちゃって」
「好きにするがいい」
私の言葉に驚いたようだったが、成歩堂はすぐに態勢を立て直してきた。
悪戯を仕掛ける子どものように笑う。私はお返しに可愛くない返事を返してやった。
予想通り成歩堂は可愛くないね、と少し苦笑すると、見上げる私に軽く口付けた。
「動くよ」
短い宣言。そして成歩堂は激しく動き始める。
和らいでいた痛みが復活し、さらに酷くなっていく。私は我を忘れて彼の身体にしがみついた。
成歩堂が動く度に痛みが生まれて私は声を上げた。自分が喘ぎを漏らしてるという感覚はなかった。
少しも声を抑えることができなかった。それほどに痛かった。
だが、その痛みの合間にも。
「みつる、ぎ…ッ…」
成歩堂が名前を呼ぶから、私は逃げずにそれを受け止めた。痛みに暴れずに済んだ。
何度も突き上げられて痛い痛いと思いつつも、成歩堂に抱かれているのだと意識すれば気分は高まった。
二人が、文字通り一つになっているのだと感じれば満足感に息が上がる。
肉体的痛みに支配されそうな脳を無視して、甘い喜びが胸を熱くさせる。
抱かれている相手のことを思えば。成歩堂を思えば。
成歩堂が私の中に精を吐き出すまで、私はその喜びに浸っていた。
■
「ど」
一言、というよりも一文字を吐いて成歩堂は沈黙した。
私は片眉を上げて彼の言葉の続きを待ったが、言葉が続く気配はない。
痺れを切らした私は勝手に彼の意志を解釈し、答えを返した。
「痛かったぞ」
どうだったと君は聞きたかったのだろう?と表情だけで尋ねてみると、成歩堂はううと情けなく呻いた。
「他になんかないのかよ……」
私のいる方向とは逆に寝返りを打ってぼそりと呟く。
よかった、という答えでも期待していたのだろうか。虫のいい。
自分だっていつもそんなことを言わないくせに。
少し意地悪な気持ちで背中に追加の言葉をぶつけてやった。
「気持ちがいいとか、そういうことを感じる余裕など全くないな。痛いだけだ」
「ああそう」
やる気のない返答。
笑い声をかみ殺すため、私は一旦口を閉じた。
「成歩堂」
首を横に向けて背中に声を掛ける。成歩堂は私に背中を向けたまま振り向こうともしない。
拗ねているのだろうか。それとも、後悔しているのだろうか。
よくわからないが、私は率直な感想を彼に伝えるため口を開く。
「あと、前よりももっと君のことが好きになったぞ」
しばらくの沈黙。
成歩堂はもう一度寝返りを打った。今度は私のいる方向へ。
照れているのか私を睨みながら成歩堂は言う。
「恥ずかしいこと言うね、君は」
「正直な気持ちを言ったまでだ。
君に大事に思われているということを身体で直接感じられて、なかなか充実した時間だったぞ?」
睨みをきかせていた瞳がその言葉であっさりと陥落する。
最初は男に抱かれるなど冗談ではないと思っていたが。
抱かれる側というのは、抱く側とはまた違った感情を持つということを知れたいい機会だった。
微笑みながら唇に口付けてやると、すっかり毒素を抜かれた顔で私を見返した。
「ぼく、怒ってたはずなんだけどな……」
「今夜はクリスマスだ。いつまでも怒っていてもしかたがないだろう」
「開き直るなよ!」
大きく開かれた唇にもう一度軽く口付ける。
次に、驚きで隙が生まれた彼の身体の上にまたがった。
「と、いうわけでだ」
え、え、と言いながら私を退けようと伸ばされる手を掴んでベッドに押し付ける。
成歩堂の黒目はさらに丸くなった。
悠然とした笑みを作り、そんな成歩堂に要求する。
「もう一回君を抱きたくなった」
「元気だね、君は……」
呆れた表情で私を見上げる彼に、またキスを落とす。軽く一回したその次は、もう少し丁寧に。
自分の中の思いが彼に伝わるように、舌をゆっくりと相手のものに撫で付けながら。
成歩堂の抵抗はすぐに無くなり、観念したように舌が絡んできた。
抱かれる側を一度経験した私は、前と少し違う気持ちで今から抱かれる彼の身体を解かしてゆく。
何度も何度も口付けを繰り返し。先程感じた感情を丁寧に返していくように。
唇を離すと成歩堂は瞬きを二三回した後、私を見返す。
赤みのさした頬を見つめながら思った。もしかして、彼も。
私が、先程感じたように。
再度しようとしたキスの寸前にふと問い掛けてみる。
「私に抱かれる時、君もいつもそう感じていたのか?」
愛情が相手の指に宿り、自分の肌にそっと触れる。優しく身体に触れられる喜び。
受け入れる痛みを緩和させる、二人が繋がるという満足感。
そんな気持ちの数々を。
成歩堂は私の言葉ににやりと笑う。それは悪戯が見つかった時のように嬉しそうな笑顔。
「ばれたか」
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