去年も来年も再来年もそのまた次もずっと
「──あ。除夜の鐘」
体位を変える時に訪れた、わずかな静寂の時間にぼくは呟いた。下から上になった御剣はぴたりと動きを止めて黒目を右方向に動かした。耳を澄ましているらしい。二人、上がっている息を少しだけ抑えるとタイミングよく、遠くから間延びしてぼんやりとした音が届いてきた。近所に、大きくはないけどお寺がある。たぶんそこには大勢の人が鐘を打つために押し掛けているのだろう。
「除夜の鐘って何回鳴らすんだっけ?108回?」
「人間の煩悩の数と言われているな。新年へと持ち越さぬよう、消し去るために打つと聞いたことがあるが」
そこで、それぞれ視線を飛ばして年末の情景に思いを馳せていたぼくたちはお互いに目を合わす。思わず吹き出してしまった。
「消しにいく人たちが多いのに、そのまっただ中にいるぼくたちって……」
「笑うな」
笑うぼくの裸の腰を捕まえ、御剣は腰を揺らめかせた。会話の間も繋がったままだったそこから濡れた音が響いて、じんわりとした快楽がぼくを襲う。
「あっ…ん、んツ」
揺すられると同時に零れる声を、御剣の手がぼくの唇ごと覆った。
「声を抑えないか。外に漏れる」
乱暴な仕草に非難するような目で見てしまったけれど、御剣の言うことはもっともだ。ぼくは口を隠された状態で頷く。
ぼくの部屋の壁は御剣の部屋と違って防音もあまりないし、ワンルームのおかげで窓も近いから、外の道を歩く人の声も聞こえてくるのだ。この時間帯はいつもならば静寂に包まれるけれど、あと数十分で新年を迎える今日はさすがに人の往来も多い。笑い声や話し声、足音が時折流れ込んでくる。その頻度も、年越しが近付くにつれて増えてきていた。
年末ぎりぎりまで仕事に追われ、やっと休暇に入れたぼくたちは夕方に会って食事をした。それからぼくの部屋に来て、長い時間を掛けて絡まった。
ぼくが普段使う薄い布団は互いの汗を吸い込んで、心なしか湿っているようにも思えた。でも今はそれが気持ち悪くはなくて、しっとりとした感触で身体を受け止める布と、またしっとりとした御剣の皮膚が双方から自分を包んでいて、妙な安堵感を与えていた。どちらの体液かもわからないほど汚れている身体を擦り合わせて、視線と視線、唇と唇と合わせているだけで時間は簡単に過ぎていった。年が明けるその時も、すぐそばにまで迫っていた。
外の音はさらに賑やかになり、息遣いしかないこの部屋との差が怖いくらいだった。でもその恐怖も唇に、自分の指に歯を埋め込み声を殺すことに必死になるにつれて薄れていった。
耳を澄ますとふっふっと薄闇に落ちる御剣の呼吸が聞こえてくる。いつしかそれに意識は引っ張られていく。
──そういえばテレビすら付けなかったな。でもこの年末の時期はどこも一年を振り返る、同じような番組しかどうせやっていない。
一年。そう簡単に言えてしまえるけれど、どれだけの長い時間が過ぎていったのだろう。
過ぎ去った一年間を思い返してみる。どれだけ季節を変えても、場所を変えても、出てくる人間は呆れるほど同じ。御剣だ。ぼくはこの一年、御剣のことばかりを考えて過ごしてきた。
一年。そう簡単に言えてしまえるけれど、どれだけの長い時間が過ぎ、そしてどれだけの長い時間を御剣に奪われてきたのだろう──
「何を考えている?」
気付けば、御剣が動きを止めてぼくの顔を覗き込んでいた。ぼくが何か考え事をしていると鋭い御剣はすぐに気が付いたらしい。口を開きかけて、また閉じる。少し笑ってぼくは言う。一年中、の部分を抜いて。
「……お前のこと考えてたよ」
御剣は誤魔化しの嘘だと思ったのだろう。その答えを聞いて瞬時に眉間にヒビが現れた。本当だよ、と付け足そうとしたその時に、中にいた御剣がさらに奥へと押し込まれた。深すぎる結合に思わず声を上げてしまう。縋るために持ち上げた腕が背中に絡まるよりもそれが先に一気に抜けていき、突然の喪失感に音もなく唇が震えた。
「集中しろ」
与えられた刺激についていけなくてぼうっとしたぼくに御剣はそう言い捨て、両足首を掴んだ。あっと言う間に高く持ち上げられて御剣の肩に掛けられて、尻が持ち上がる。狙いをすました御剣のペニスがそれをひとおもいに刺し貫いた。
「アッあ、ああ、あっあっ」
声を殺すことなんて無理だった。御剣が小刻みに動けば小刻みに、大きく掻き混ぜるように動けばその通りに合わせた声が零れる。あんなに声を出すことに神経質になっていた御剣も、ぼくのその反応が面白いのか緩急つけた動きをしばらく繰り返した。
聞こえてくる他人の声が大きくなり、揃って何かを叫んだ気が、した。
ぼくがそれを聞き取れる余裕なんかあるわけがなくて、ただ御剣の作り出す滅茶苦茶なピストン運動に揺さぶられ、泣きながら甘い声を出していた。
乱暴すぎる動きに限界を感じた時、御剣の突き上げが止まった。びくり、びくりと中で痙攣するのがわかる。腰の奥の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。御剣が射精している間にぼくのそれからもこぷりと白い液体が溢れ出していた。
しばらく二人無言で繋がった状態のまま見つめ合った。上がりきった呼吸を元に戻す間が欲しかったのだ。吸って吐く、その短い間隔が次第に長くなっていき、平静を取り戻した御剣が呼吸をいったん止め、唾液を一回飲み込んだ。姿勢はそのままで顔だけを上げて壁に掛かっていた時計を見た。そして、ぼくにぽつりと呟きを漏らす。
「新年だ」
その言葉にぼくはああと納得した。あの、途中騒がしいと思っていた人々の声は年を越すカウントダウンのものだったのだろう。その間ぼくたちはお互い理性を飛ばすほどに激しく繋がっていて、新しい年を迎えたことも全く気が付いていなかった。
御剣も同じことを考えていたのだろう。もう一度見つめ合ったぼくたちは、ほとんど同時に笑い出していた。そして、照れくささを誤魔化すためにぼくはこう囁いた。
「今年もよろしく」
今年一年大変お世話になりました!(ミツナル的に)
来年もよろしくお願いします!(ミツナル的に)
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