top>うら>

 

 



事務所全体の電気を消して、ぼくは息をつく。

真宵ちゃんはすでに帰っていた。ラーメンを食べたそうな顔で(ということは奢ってほしそうな顔で)ぼくを恨めしげに見る彼女の背を押して、ようやく一人になることができた。

鞄の一番奥に隠してあった物を取り出す。
自分以外の人間はいないのに、誰にも見つからないように息を詰めて。
事務室にあるテレビの電源を入れ、その下に置いてあるDVDプレイヤーの電源も入れた。
こちら側に向かって差し出されるトレイに一枚のDVDを置いて、それが本体に飲み込まれていく様をぼくは期待と不安を胸に見送った。
ソファーに腰を掛け、テレビに映像が映る時をひたすら待つ。
部屋中の電気は消したままだった。
留守を装い、誰にも邪魔されずにそのDVDに没頭したかったのだ。

やがて、ある映像が流れ始めた。それは決して綺麗で鮮明な映像とは言えない。
けどぼくは瞬きも最小限に止め、それに目を凝らした。
一秒一秒、過ぎるごとに映像も進む。
悪いことをしているわけではないのに、見ているだけでも気が咎めるようなそれに目を逸らしたい気持ちになった。
でも、目を離すことは許されていないし離すことも出来なかった。
両膝の上に両肘をつき、両指を組んで。それを自分の唇に押し付け、ぼくは食い入るように画面へと見入っていた。
途中、誰かが階段を上り事務所にやってくる気配がしたけれど、ぼくは映像に夢中になるあまりそれに気をとめることはなかった。

「成歩堂……?」

不覚にも来訪者に気付いたのは事務所の扉、そして事務室の扉までもが開かれ名を呼ばれた後だった。
鍵は掛けたはずなのに、とパニックを通り越して呆然とするぼくと、明らかに外出しているのに中で物音がすることに異変を感じ、非常用に預けた合鍵を使い勢いよく踏み込んできた御剣は、あまりのことにお互いの顔を見つめ合いながら数秒間固まった。

『…あっ、あっ、あん!』

沈黙に流れるのは第三者の喘ぎ声。……しかも、男の。

「成歩堂……」
「ち、違うんだこれは」

映像を止めることすら失念したぼくは、衝撃を受けている様子の御剣の顔と声に焦って弁解を始めようとした。
けれども焦りのあまり言葉が出てこない。
御剣はぼくの顔と画面を見比べ、とても長く嘆息する。
そして目を逸らした。ぼくの顔も画面も見ずに、斜め下方向に視線を落とし自嘲気味に笑った。

「……相手が私では不満なのか、君は」

言葉が出てこないぼくは沈黙する。
御剣も沈黙した。
気まずい二人の間に響くのは淫らな男の喘ぎ声だけだった。




「つまり、被害者がこのDVD製作に関わっているのかどうかを調べていたということなのだな?」

つまりとか、そんな言葉でまとめるほど複雑な背景があったわけではない。
でもぼくはとにかく自分の弁護に精一杯でぶんぶんと首を縦に振る。

「つまり、これは証拠品であって君個人の物ではない」

首を縦に振る。

「決して性欲の処理が目的で見ていたわけではない」

首を縦に振る。
「私とのセックスに不満があるわけではないのだな?」

首を縦に振る。
振った後我に返り、ぼくは赤面して声を張り上げた。

「だからそれは関係ないって言ってるだろ!」
「すまない」

御剣は唇を緩めて微笑んだ。いくらそれが整っていて完璧な微笑みだとしても、今のぼくにはただのスケベな笑いにしか見えない。
ぼくをからかっているのは目を見ればわかる。

「こういう類の物を捜査で見るのはよくある話だ。一日中見ていることもあるのだぞ。糸鋸刑事と二人きりでな」
「それはキツいな……」

御剣の言葉にぼくは素直に同情した。
重要な証拠品になるかもしれないDVDを手に入れたのだけれど、それがアダルトで、しかも男同士のものとあって真宵ちゃんと見るわけにもいかず、こうしてひっそりと見ることに決めたのだけれど。
御剣に見つかるのは一生の不覚だった。
先程の気まずさと猛烈な恥ずかしさを思い出したぼくは改めて頭を抱える。

「では再開したまえ」

静かで、堂々とさえしている御剣の声にぼくは弾かれたように顔を上げた。

「何言ってるんだよ!」
「捜査の邪魔をするつもりはない。私に構わず続けてくれ」

涼しい顔でそう言われても困る。
ぼくの表情を読んだ御剣が逆に困った顔をした。

「捜査のためなのだろう?それとも何か、他の目的があるのか?」
「いやいやいや、ないけどさ」

御剣の目は純粋で、ここで渋る自分の方がおかしい気がしてきた。
開き直りのような、やけっぱちな気持ちになってぼくはまた再生ボタンを押す。
もう隠れる必要もないから部屋の電気も消さずに、二人でソファーに座り鑑賞を再開させた。

まだ未編集の物でタイトルもついておらず、そこから内容を推測することはできなかった。
登場人物は二人。どこかのオフィスでスーツを着た男性が会話をしている。
こんな撮影を許すなんて一体どんな
会社なのだろう。それともセットなのか……
次のシーンに移り、思わず目を瞠る。
二人の身体が密着し、口付けを始めたのだ。
カメラが寄っていき唇と唇がアップになる。舌同士が絡み合い、唾液を啜る音と彼らが漏らす吐息がひたすら流れる。

男同士のアダルトDVDなんて初めて見るもので、そんなことするんだ、男女とそう変わらないな、と心の中でいちいち感心していたけれど、御剣は顔色も変えずに見ていたからぼくも表情をつけないようにして見ていた。
撮影に参加している人間は何人なのか考えてみたり出演者の年齢を想像してみたりして、行為そのものよりもその背景を見ようと必死になった。

そもそも捜査のために見ているのだから。
そう自分に言い聞かせて。

「ム。この男……」

しばらく映像が流れた後。御剣がそう独り言を漏らした。
見れば御剣の瞳が鋭く光っている。奴が扱う事件でも何か関わりがあるのかもしれない。
そんな予感がしたぼくは口を閉じて御剣の様子を見守った。

一人の男性が画面の中にいた。
こちらに向かって少し微笑み、手を伸ばしてカメラを持っているのだろう男性の性器を下着越しにいとおしげな顔で触っていた。
その時まで無言だった御剣が低い声で呟く。

「君に似ている」
「馬鹿なこと言うな!」

思い切り怒鳴りつけてしまった。
御剣はそんなぼくの反応が可笑しくて堪らないのか、肩を揺らして笑った。

「すまない」
「ふざけるなら止めるぞ」

凄んで脅すもののみっともなく動揺した後では格好がつかない。
でもそう言った手前、中断することも出来なくなったぼくは改めて画面に向き合った。
映像では先程の男性が性器を直接舐めているところだった。
ぼかしもなく、露にされた亀頭にさすがに動揺する。
同性の性器は見たことがあっても興奮状態のは見たことがない。
唯一あるのは、隣で共に鑑賞する男のものだけ。

(……やばい)

そんなことを一瞬でも考えてしまったからか。
急激に御剣の存在が大きく感じられて、彼に近い左側の身体の半分が緊張し始める。

ぼくは自分を落ち着かせるために画面の中の男を睨み付けた。
一体、自分とどこが似てるというのだろう。
御剣が変なことを言うから意識してしまう。
男は恍惚とした表情で肌色の棒に舌を這わせ、片手で扱く。

舌に感じる無防備な体温。
むせ返るほどの雄のにおい。

自分がそれをする時の記憶や感触が身体に蘇る。
見つめるうちに、今まで意図的に散らしていた意識が一点に集中し始めた。
捜査なんて関係なく、目の前で繰り広げられる光景に体温と感情が高められていってしまう。

(やばい、本気で……)

相手に気付かれないようにこっそりと唾を飲み込む。
駄目だ駄目だと邪念を追い出そうと頭を強く振った。

「成歩堂」

その時名前を呼ばれ、顔を上げたぼくの視界に映ったのは、今まで見ていた卑猥な映像ではなく。
赤い影が自分に襲い掛かる瞬間だった。

「うわっ!」

情けなく声を裏返したぼくに御剣の身体と全体重がのし掛かる。
二人一緒にソファーへ倒れこんでしまった。
わけがわからないぼくはそこに押し付けられた格好で、自分の上にいる御剣を見上げた。
珍しく髪を乱した御剣はぼくの視線に低い声でこう答えた。

「我慢できるわけがないだろう」
「お前、捜査って」
「わかっている」

御剣の顔が近づき、あっという間もなく唇を塞がれた。
濃厚な口付けを一瞬で終えた後。
御剣は真剣な表情で言う。

「だが、限界だ」






御剣の手が自分に触れるだけなのに、どうしてこんなに気持ちが高ぶるんだろう?

そんなことを考えて気を逸らそうとしても無駄だった。
湧き上がる感覚と漏れそうになる声を耐えるため、右手の甲を唇に当てた。
唾液で濡れていく皮膚を俯いた御剣の前髪の先がくすぐる。
左手でその後頭部を触りながらぼくは目を細めた。

眩しい。天井に白く輝く蛍光灯が見えた。
そういえば電気消してなかった。消してなかったといえば、もう一つ。

首だけを捻りテレビに映し出された光景を見る。
画面の中では人間が二人、動物のように絡まっていた。
二人の行為は停止ボタンを押されるまで中断されることがない。
鑑賞する人間が興味を無くしてもDVDは再生を続け、その中の二人は裸で互いの肌を貪っていた。

今から自分たちも同様の行為をするのだ。
獣のように、みっともなく声を上げて。本能のまま、淫らに。

意識した途端に恥ずかしくなったぼくは机の上にあったリモコンに手を伸ばした。
でも、辿り着く前にあっさりと捕まってしまう。
快楽に麻痺してしまっている黒目を動かして、手首を掴んだ御剣を見上げた。

「あれ、消してくれ……」

ふっと御剣は微笑んだ。
捕まえたぼくの手を自分の口元に運び、そっと口付ける。
手のひらに御剣の息と唇をじんわりとした温度と共に感じた。

「……見てみろ、成歩堂」

はだけたシャツを羽織るだらしない格好のぼくの身体を起こし、後ろから抱えてくる。
背中にソファーは触れず、御剣の身体に直接寄り掛かる状態になった。

「なに……?」

振り向こうとしたら顎を掴まれた。
顔を固定され、視界が御剣によって定められる。
画面には停止を許されていないDVDが、変わらず卑猥な光景を映し出していた。
中の男は今のぼくと同じ格好で喘いでいた。
後ろから抱えられ、開かされた足の中心にはその男の性器。上下に素早く扱かれて男は悩ましげな表情で声を上げる。
あまりの光景に咄嗟に目を逸らそうとした。
でもそれは御剣の手によって止められてしまう。

「君も負けてはいられないな」
「何言ってるんだよ」

前を向かされているから表情は読めない。でもきっと腹立つくらい楽しそうな顔をして
いるに違いない。

「安心したまえ。君の方が魅力的だ」
「全然嬉しくないよ。そもそも競ってないし」

ノリの悪いぼくの返しにつまらんな、と不満げに御剣が呟いた。

「あれを手本にもう少し可愛いことを言ってほしいものだな」

御剣の言葉に再度画面を見てみると、男性が卑猥な言葉を口々にしつつ身体をくねらせよがっていた。
相手を煽るための、アダルト特有の台詞回し。
男同士でも有りなんだ、とまたひとつ感心してしまった。

「あんなの無理」
「では勉強しろ」

また無茶苦茶なことを言ってくる。
呆れて腰を上げようとしたら、がしりと掴まれてしまった。

「んぅッ」

顎を掴んでいた手が滑り、口内へと侵入してきた。本能的に歯で噛みそうになって慌てて耐えた。
ぼくの耳元で御剣は噛むな、と無茶な命令をしてくる。
言葉を奪われたぼくは自由になる目だけで相手を睨み付けた。
背中を預ける御剣には届かないとわかってはいても。

「ん、ぅ…はぁ」

二本の指で舌を押されて、中の濡れた肉を撫でられる。
そして御剣は、自分の指とぼくの口を使って小さくピストン運動を始めた。
指と唾液と空気が混ざり合ってくちゅくちゅといやらしい音が耳に届く。恥ずかしさと息苦しさに顔が歪む。
好きに蹂躙される口から液体が零れ、顎を汚していくのがわかる。
こんなの恥ずかしい、けれど。

「ん、ん、…んぅ」

それでもぼくの下半身は痛いほど疼き始めていた。
青いズボンの下にある性器は張り詰め、布の上からでも膨らんでいるのがわかる。
御剣のもう片方の手がそこを撫でた。
そのものには触れずに、周辺をなぞるだけの動き。
布の上から与えられるもどかしさに腰が動いてしまった。

「触ってほしいのか?」

焦らされるのが苦しくて、泣きそうになりながら頷く。
ふっと御剣が微かに笑い首筋に息が触れた。それだけでびくりと身体が揺れた。
青いズボンと下着が片手で乱され脱がされていく様子を、口に指を挿入されたまま見守る。
そんな状態では上手くいかなくて、片方の足に中途半端に絡まってしまう。
明かりの下に曝された先走りを溢す性器を見て御剣がいやらしいな、と囁いてきた。
透明の液体を指でゆっくりと拭う。

「っ」

その指が奥に入り込み、体内に埋め込まれた。
爪、関節。御剣の持つそれらが自分に埋もれていく感触につま先が震えた。
言葉を使えないぼくは自分を激しく襲う快楽を散らそうと、口内に挿入されている指に舌を絡ませた。

唇を窄めて思い切り吸う。

「んぅっ…うっ、んっ」

身体の上から、身体の下から。御剣の指だけで犯される。
上から出し入れされる度に、下から突き動かされる度に切れ切れの声が零れた。
そんなのは屈辱的なのに何故か感じてしまう。口の周りを汚す唾液ももう気にならない。

それより、どうか君をぼくに。

背後にいる御剣の呼吸が荒い。腰に感じる熱い存在感。
それをぼくに与えてほしい。はやく、はやく。

恥ずかしいけど、一度火がついてしまったら自分ではもう消せない。
消せるのはただひとり。

口からゆっくりと引き抜かれていく指。
自分の中から喪失していくそれが惜しくて、最後まで舌を絡ませて追った。

「み、つるぎ……」

口を解放されてもすぐにはうまく呼吸ができなかった。それでもぼくは安堵して呟いた。
やっと繋がれる。恥ずかしげもなく、そんなことを考えて。

性器の下にある深い奥の場所に御剣を感じて、思わず口を閉じた。
でも、それはすぐにまた開くことになってしまう。

「くっ…ん、ぁ!」

性器が先端だけ埋め込まれた。それだけでびくりと身体が跳ねる。
身体に容赦なく突き付けられた異物に両足が閉じ掛けたけど、同じように開いた御剣の両足によってさらに開かされてしまう。
息を吐いた時を見計らったのか、一瞬だけ弛緩したそこに根元まで挿入された。

「ああっ!」

竿を扱くと同時に中を内部から刺激されて、驚くほど身体が反応した。
快楽の渦に放り込まれたような感覚に今まで高められていたぼくはあっけなく射精した。
それでも下からガクガクと乱暴に突き上げられて、どうしようもなく翻弄される。
声を上げることしかできなくなる。

「見てみろ、成歩堂」

顎を掴まれても抵抗はできなくて、御剣の言う通りに画面を見ることになった。
DVDの存在も再生していることもすっかり忘れていたのに。無理矢理見せられて、目を瞠る。
画面中いっぱいに結合部分が映し出されていた。

「君はいつもああして私を飲み込んでいるのだ」
「そんな、こと……言うなっ」

全くの他人とはいえ今の自分も同じことをしている。
まるで自分がそこに映されているように思えて、猛烈な恥ずかしさが身体中を貫いた。

「いやだっ…見せるな!」

首を振って逃れようとするのに、抱えられ繋がる状態ではろくに身動きがとれない。

そんなぼくの身体の中を御剣がゆっくりと進んでいく。
映像と連動する御剣の動きが堪らなくなる。
恥ずかしいのか、興奮しているのかわからなくなって。

「ずっと、目を離すな。いいな?」

そう命令して、御剣は抉るように腰を突き上げ始めた。
ふざけるな、と言い返すつもりだったのにぼくの目は画面に吸い寄せられていて、最後まで一秒も離すことができなかった。









不自然な体勢を強いられていたせいか足がおかしい。
かくかくと妙な動きで歩くぼくをトイレから戻ってきた御剣は怪訝な顔で見た。

「先週オープンしたフレンチレストランに行こうと思ってのだが……君がそんな状態では無理そうだな」
「ああ、そうしてくれるとありがたいよ……」

気遣いに感謝しつつ頷いた。座るだけでも一苦労だ。

「すまなかった。仕事の邪魔をしてしまって」
「お前だけのせいじゃないよ」

腰も関節も痛むけど御剣一人を責めてもしかたがない。
隣に腰掛けた御剣に首を振って答えた。
御剣は、今はもう電源を落としている画面を見つめぽつりと呟く。

「結局何もわからなかったな」
「いや、ひとつだけわかったことがあるよ」

あのDVDのおかげで手に入れた事実を胸にぼくは声を低くして言った。

「君と二人でああいうのを見てはいけない」
「……確かに」

御剣は深く納得して俯いた。ぼくもまた、何とも情けない結果に脱力し同じようにうなだれた。



その次の日に。
プレイヤーに入れたままだったDVDを真宵ちゃんに発見され、あらぬ誤解と疑惑を受けることを知りもしないで。




 

 

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200hit・もんたさまのリクエストで、
「いかがわしい証拠品に動揺する成歩堂と、面白がってちょっかいを出す御剣」です。
R指定風味とのことでしたが、予想通りがっつりR指定。
タイトルもまんまやん!な仕上がりに。
勉強不足のためゲイものDVDについては全て想像です!
どんなんか想像つかんかった!
素敵なリクエストをありがとうございました〜


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